訪れし災厄

「あー、休みの所、悪いな和泉【いずみ】。」


「いや、しかし、お前から連絡なんて珍しいな形上【かたがみ】。

余程の困りごとでもあったのか?」


和【かず】はやたら楽しげな口調で、預輝へと言う。


(くそ、こいつ俺の不幸を楽しんでやがるな!?

相変わらず性格が悪いなコイツ....。)


預輝は何とも言い難い思いを抱えながら、和と向き合った席に座る。


和泉和は預輝の幼馴染みであった。


頭脳明晰にして、スポーツ万能。


更に容姿端麗ときてる。


しかも資産家の家に生まれ、現在は民族学者の期待のホープとして活躍していた。


つまり預輝とは別世界を生きる本来ならば、接点皆無な人種だったのである。


しかし、そんな完璧に見える和にも欠点はあった。


その欠点とはオカルトや変な雑学をこよなく愛する変人にして、ドSな性格がそれである。


それ故か、和は舐めるような視線で預輝を観察を始めた。


そして、約一分後、和は預輝の触れて欲しくない悩み事の一つをモノの見事に炙り出す。


「先ずは、御悔やみ申し上げる。

気の毒にな。」


「はぁ?

何がだよ??」


「隠さなくても俺には分かっているぞ、我が唯一無二の親友よ。

まさか長年、童貞に苦しんだ挙げ句、持続勃起症になっちまうなんてな。

悪いが俺は医者じゃないから、力にはなれない。

ただ唯一の友として、言っておく。

一日も早く泌尿器科への通院しろ。」


和は優しげな口調とは裏腹に、楽しげな薄笑いを浮かべながら預輝へと告げる。


「持続勃起症....?

いやいや、待ってくれ和泉!

確かに下は見苦しい事になっているが、お前は大きな思い違いをしているぞ!?

これにはそう、もっと別の深刻な理由があるんだ!」


「深刻な理由......?

形上....ま、まさか、お前、童貞拗らせて同性愛に目覚めちまったのか!?

そうか....だが、それも言うまでもなく俺の専門外だ。

お前の力にはなってやれないよ....。」


和は悩むフリをしながら、笑いを必死に肩を震わせた。


だが、それは悲しみ故ではなく、ただ笑いを必死に堪えてるだけに過ぎない事を預輝は即座に見抜く。


しかし、長年の腐れ縁故に預輝は和の性格を重々、承知していた。


それ故に預輝は殺意にも似た鋭い気迫を、その視線に込めながら、冷たい口調で和に告げる。


「はいはい、もう十分楽しんだだろ?

そろそろ、真面目に俺の話しを聞いてくれないかな和泉?

じゃないと、脇腹をくすぐるぞ?」


「あ....あれ、からかってたのバレてたか。

流石は我が唯一無二の親友、相変わらず鋭いな?

で聞いて欲しい事って何かな?」


和はやや慌てながら即座に、聞く態勢へとシフトチェンジした。


その理由は和の脇腹はとてつもなく、敏感だったからである。


つまり、それは預輝のみが知る和の数少ない弱点に他ならなかったのだ。


しかし、聞く態勢に入った和に向けて預輝は狙いを定めた蛇の如き視線を向けながら和へと告げる。


「あっれ~、何か足りなくないかな~和泉くーん?」


「何の事かな形上?

休日とはいえお互い暇ではない身の上の筈。

ならば早々に話しを始めるのが、合理的だと思うのだがね?」


和は眼鏡の位置を直しながら、自然な形で預輝から僅かに視線を反らす。


だが、その直後、間髪入れず和の耳元に顔を近付けつつ、預輝はボソリと呟いた。


「ねぇ、それで本当に良いのかい....人として?」


「無論だよ、形上くん。

これこそ人の道だと思っているよ私はーー。」


「ふーん、そう?」


和のそんな微塵の反省もない言葉を聞くなり、預輝は即座に動く。


そして、その数秒後、間髪入れずに和の脇は預輝によって強襲される事になるのだが....。


その結果、預輝は周囲の人々に良からぬ先入観を与える事となった。


「ねぇ、あれって、ヤッパリそういう簡潔よね?」


「うん、そうとしか思えないわ....。」


「じゃあ、やっぱり生BLって事!?」


「ちょ....声大きいよ!

本人達に聞こえるわよ?」


「何言ってんの?

公衆の面前で見せ付けてくれてんだから、気にしてる訳ないでしょ、そんなの?」


(・・・・・・や....やっちまったー・・・・・・。

まさか、こんな事になるとは......。)


正確に言うなら預輝と和の二人共であるが....。


何にせよ預輝は周囲の声を無視しながら、誤魔化すかのように本題へと入った。


「あーまぁ、何はともあれだ、少し聞きたいんだが人の思考や性癖って突然、変わったりするもんなのかな?」


「うん?

それはもしかして、お前のその症状に関係する話なのか?」


「あぁ、まぁ無関係じゃないかな?」


和の視線が下半身に向けられている事に気付き、預輝は僅かに視線を下に向けながら、言いにくそうに答える。


「そうか....で、何があったんだ?」


和は少しばかり、周囲の視線を気にしながら、預輝に向けて問いかけた。


「実はちょっと、現実味の無い話なんだがーー。」


預輝は端的に、要領だけを話そうと口を開きかけたその直後、不意に和の右手がそれを静止する。


「すまないな型上、今直ぐにでも親友であるお前の相談を受けてやりたいのは山々なのだが....。」


「うん?

何か不味い事でもあるのか?」


「まぁ、不味いというか何というかーー。

どうにも周囲の視線が気になってな?」


「視線?」


預輝は改めて周囲を軽く見回す。


(うわ~、何か皆見てるよ!?

こ、こりゃあ、確かに話どころじゃないな....。)


冷たい視線と好奇の視線。


男性客は青ざめ、女性客は熱い眼差しを預輝達に対して向けている。


それは希少価値の高い珍獣などを、見詰める好奇の視線ーーそれに類似していた。


故に、ここに留まっての会話は最早、不可能。


ある種の晒し者状態で何の気兼ねもなく、話をしてられる者など皆無だろう。


「あーコーヒーも飲んだし、そろそろ出ようか?」


「あぁ、そうだな。」


預輝の言葉に、和は即座に応じた。


当然といえば当然だが、和もまた晒し者状態に、苦痛を感じていたのだろう。


二人は早々に、会計を済ませると逃げ出すかのように、店を出る。


そして、先ほど居たカフェ店より、ある程度距離を移動したことを確認しつつ、預輝は不意に口を開く。


「実は昨日、俺の目の前で女の子がミンチにされてな、その時のショック故かずっと、こんな状態なんだよ。」


「それマジな話なのか?

夢オチとかじゃないよな?」


「いや、マジだ。

その状況に遭遇してから、俺の何かが色々と狂ってきちまったんだ。」


預輝は何とも言い難い表情を浮かべながら、和に向けて答える。


「いやしかし、その話は俄には信じ難いぞ?

最近徹夜でゲームをしまくったとか、ホラー映画を見まくって寝不足だとか、そんな状況とかないか?

或いは、仕事で徹夜続きとか?」

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スカーレット・レイン キャラ&シイ @kyaragon

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