狡い
今から七年前、綾人は学校と仕事を両立させ、芸能界でも確固たる地位を築き、何もかも順風満帆で毎日が慌ただしいく過ぎていた頃、綾人には一人の可愛がっている後輩がいた。
「未来 スバル」
綾人と同じ学校に通う同学年の少年で、駆け出しの俳優の卵で、綾人の弟子で、綾人が元気ないとすぐに笑わせてくれる唯一親友と呼べる人物だった。
綾人と凛とスバル、そして時々紫呉さんで忙しいながらも、よくつるんで現場で軽い悪戯をして怒られたり、一緒に遊びに行ったりして毎日それなりに楽しんでいた。そしてスバルは、綾人でも怖いくらい才能のある人物だった。
(あとは名前が売れて花開けば…)
そう思って仲の良い監督やプロデューサー、大物司会者の人に紹介した。
それは単なる親友として、一人のファンとしての善意の行動だった。だがそれが周りの共演者や、売れない俳優の人達の気に食わなくて、綾人の知らない所でいじめが起こっていた。そして学校でも、綾人がただスバルくらいしか話し相手がいなかっただけなのだが、周りのファンや男子達には面白くなかったらしく、隠れた所で殴らる、蹴らる、脅迫を受けていたらしい。そして綾人がそれを人伝に聞いた時には遅かった。
「もしもしスバル?さっき聞いて知ったんだが、お前…」
「ごめん綾人。今…」
「スバル?はっ、今何処だ!?お願いだから早まるなよ!あとちょっとで番組の収録が終わるんだ。終わったらすぐ行っていじめの話聞いてやる。だから死ぬ…」
「ふっ、はははっ!何を言い出したと思えば、綾人は心配症だな〜。大丈夫、いじめくらい気にしてないよ。僕が売れて皆を黙らせればいいんだから」
「本当か?本当だよな?死なないよな?僕の前から…」
「うん、消えないよ。あっ!信号が変わった。そうだ綾人、もうすぐオーディオがあるんだ。だか…」
ブッ、プー、プー、…
「スバ…ル…?」
携帯が突然切れ、その後スタッフの人に呼ばれるまで何度もかけ直したが繋がらなかった。そして家で夕方のニュースを見ていて知った。
スバルが、車にはねられて亡くなった事を
今も綾人の耳にそのニュースキャスターの淡々とした声がリピートされる。そしてそれと同時に思い出されるスバルの笑顔は、いじめを引き起こし、護れなかった自分を責めているように感じていくようになった。
スバルの葬式を終えて芸能界と学校に復帰した綾人を待っていたのは、邪魔者の死を喜ぶ声や勝手な作り話の数々だった。そしてその頃から目を閉じると思い出される太陽なような笑顔に、綾人の心はだんだん焼かれていき、思い出す度に、吐き気やめまいに襲われ、遂に倒れて紫呉や凛、大人達の勧めで芸能界を去った。
「今も、怖いんだ。本当は彼を護れなった僕を、いじめの原因だった僕を彼は怨んでいたのではないのか。こんな僕が芸能界にいていいのか。また僕の身勝手な行動のせいで誰かを傷つけてしまうのではないかって」
「綾人」
「でもね、琥珀。…僕君に出会って、君から沢山の元気をもらって、再び現場に立つチャンスをもらって、感謝してるんだ。だって、君のおかげで、また空を見れたから、呪いのように感じていたあの笑顔が、祝福のように感じられるようになったから。そうだ、久しぶりに立ったあの現場で見た空でね。スバルが応援してくれるような…ん?」
「ムウゥゥゥ…」
綾人が御所に帰ってきてから3日後の夜。ベットの上で琥珀にずっと話したかった過去の話していた。だが、さっきまで手を握って真剣に話に耳を傾けていた琥珀の顔が曇って、今は怒っているように頬を膨らませてそう唸っている。
「えっ?僕何か不味い事言った?」
「…」
「ねぇ、琥珀?」
「…………狡い」
「えっ?」
「狡い、狡い、狡い狡い狡い!僕は6歳の頃からずっと思い続けていて忘れられていたのに、そのス・バ・ル!とか言う奴はずっと頭の片隅にいたんでしょ!死んだからって何様だ!僕との時間を邪魔するな!死ね!」
そう言って綾人の肩をポカポカ叩いてくる
「ふっ、死んだ人に死ねは」
「もしかしてまだそいつ居るの?今は僕の者なのに?よし!僕が消してやる!」
「えっ?わあっ!」
そう言ってふかふかのベットに押し倒される。
「スバルの事なんて忘れろ!僕だけを見てればいいんだ!」
「はいはい、スバルが好きだよ」
「もうスバルの事なんて思い出すな!僕を一生見てろ!」
「うん、ずっと見てるよ」
「本当に?ずっと?」
「うん、ずっと」
「…好きだよ」
泣きながら馬乗りでポカポカ叩いていたでその背を抱きしめてあげると、琥珀は狐の姿になって、簡単に手の中に収まってきた。
そして頬をスリスリした後、すぐにスヤスヤと眠ってしまった。
「もう…僕のお狐様はワガママだな…」
そう言って背中を撫でてあげると、尻尾がユラユラと揺れた。
✽✻Happyend✻✽
お隣さんのお狐様 ビターラビット @bitterrabbit
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