いざ異世界へ
「何で…皆居るの?」
綾人が簡単なお泊りセットを持ってフロントを出ると、目の前の通りに一台の黒い車とその前で綾人を待っていた三人の人物がいた。
「良いから良いから、早く乗って、お爺ちゃん達の家に行くんでしょ」
「えっ?まあ…そっち方面だけど…何でそれを?」
「それは、ひ・み・つ。じゃっ、行こ!」
「えっ、あっ、ちょっと!」
綾人は半ば強引に車の中に押し込まれ、シートベルトで拘束されたため逃げる隙を失ってしまった。
「それじゃ皆、シートベルトはしっかり止めたかい?じゃあ、名古屋に向けて出発しようか」
「ちょっ、紫呉さん、なんで貴方まで!てか一番謎なのは、小…」
「はいはいお兄ちゃん、そんなのどうでもいいから。それじゃ、紫呉さん」
「うん、行こっか」
そんな感じで車は発進し、綾人は凛と紫呉、小林さんと共に名古屋にある祖父母の実家へと向かう事になった。
途中渋滞に巻き込まれたが、祖父母の住む町に着いたのは夕方の5時前だった。そして紫呉さんにお願いして先にあの神社に寄って貰う事になり、今綾人達はあの長い石段を登り終えた所だ
「はぁ…やっと着いた」
「ちょっ…ハァ、ハァ…僕、体力また落ちたかな?」
「はぁ…もう…無理!」
バタン
「あっ、り…あっ、小林さん!大丈夫ですか?」
「はぁ……ぃ」
「あっ!見てお兄ちゃん!黒猫がいるよ!」
「あっ!こら凛!」
さっきまでの疲れがどこに行ったのやら、凛が賽銭箱の前でお昼寝していた黒猫に駆け寄ると、黒猫はムクっと立ち上がって抱こうとした凛の手をスルリと抜けると、そのまま綾人に近づいてきた。そして綾人の足元で鼻をピクピクしながら一周すると、目の前にちょこんと座り、目を閉じると共に黒髪の忍者風猫耳少年に変幻し、慣れた動作でペコんとお辞儀をすると
「お待ちしておりました七瀬 綾人様とそのお連れの皆様。僕は案内人兼護衛の黒豆と申します。どうぞクロとお呼びください。」
そう言ってクロと名乗った少年は顔を上げると、"パン"と手を一回叩いた。すると同時に視界が綾人達の視界がグラッと揺れ、身体が暗闇に吸い込まれるような感覚と共に落下していった。
次に綾人が目を覚ますと、何処かの宿の蒲団の中で寝ていた
「あれっ…?」
「あっ、綾人様!良かったです。目覚められなかったらどうしようと…」
そう言ってクロは、涙を拭うふりをした後、突然少年らしい無邪気な笑顔を顔に浮かべて、まだ横になっている綾人を無理矢理引っ張リ上げると、大浴場にそのまま連行していき、綺麗な浴衣とお風呂セットの入った籠を渡してきた。
「綾人様、寝起き早速悪いのですが、至急お風呂に入って、こちらの浴衣に着替えてください」
「えっと…僕頭が追いついてないんだけど、ここ何処?これから何かあるの?」
「あっ、そうでしたね。端的に言いますと、ここは隠世の化け狐が統治する王国で、今日は建国千年の特別な前夜祭のお祭りの日なのです。大通りには屋台がズラーと並び、日付が変わると共に盛大な花火大会が行われる予定なんですよ。だから早くしないと食べ物が買え…あっ!これではまた陸奥に…うぅ…その、僕としては皆様にできるだけ楽しんで欲しくってですね。その、取り敢えずお急ぎ下さい!」
そんな様々な顔を見せた可愛い化け猫を弟のように可愛く思いながら、綾人はされるまま服を剥ぎとられ、浴室に押し込まれた。そしてまずは髪を洗おうと頭に触れた時、頭の違和感にやっと気づいた。
「あっ…えっ!何!?」
「綾人様?やっと気づかれましたか?」
綾人が琥珀と同じそれに困惑しながら入口を見ると、少年は、嬉しそうにニコニコと笑いながら近づいて来て、「不慣れだろでしょうから」と頭と尻尾を丁寧に洗い、ドライヤーもけてくれた。
ー数十分後
「よしっ!これで支度完了です。では僕は他の皆様を読んできますので、そのままお待ち下さい」
クロに着付けとメイクをされ、まだ自分の身に起きた状況を理解出来ていないまま待合室の大鏡を振り返ると、綺麗に化けた自分に一瞬尻込みしてしまう。
白の浴衣に藍色の上掛けを着て、火照った肌には軽いチークがされ、男性にしては少し長い黒髪の上には銀色の狐の耳がピクピクと動き、後ろの尻尾はふわりふわりと無意識に揺れ動く。そして何より、いつも身につけている眼鏡をしていないので、ソワソワして落ち着かない…
バタッ、バタバタバタ…ムギュッ
「ひっ!」
「うわー!ふわふわして気持ちいい!私もお狐様が良かったな〜」
「はぁ…何かムズムズする」
尻尾を触られる感覚に違和感を感じながら振り向くと、そこには猫耳姿の凛がいた。そしてその後ろには
「やあ、綾人。僕も本当は狐になって本物の兄弟みたいに成れたら良かったけど、どうやら番犬らしい」
「あっ、僕は、狸…でした、よ?」
「皆、見事に獣系だね」
そんな紫呉さんの言葉と共にこの異世界の事について情報を共有し合おうとした時、緑の浴衣姿のクロがやって来て、祭りに出発する事になった。
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