記憶の欠片
―18年前
それは綾人がまだ芸能界に入る前の5歳の夏の頃の話。
その日綾人は、都外にある祖父母の家に来ていて、一人、神社の石段の上でうずくまって泣いていた。
それを後ろの鳥居の影から誰かが見ているのに気づかずに。
「あっ、うわぁぁぁ!!!」
「ヒッ…」
綾人がその声にビックリして振り向くと、そんな無様な悲鳴と共に長い石段を転げ落ちて来る一人の少年がいた。そしてその子は一番下まで着くと、地面にペタンとうつ伏せ状態になった。
「あっ、大丈…」
「イテテテテッ…」
そう言って打った頭を擦りながら立ち上がった少年を見て、綾人は固まってしまった。
綾人と同じ年に見えるその少年は不思議な見た目をしていた。まず服装は、最近テレビで見た陰陽師のような狩衣姿で、狐の耳を生やした髪は金髪のおかっぱで、お尻の辺りからは金色の尻尾が垂れ下がっていた。そして前髪から見える宝石のような薄橙色のような瞳は吸い込まれるように印象的で…
「お稲荷様?」
「はぁ?化け狐だ」
綾人はキョトンとして、そういった少年をじっと見た。そしてそんなふうに見つめられた少年は、やはり打った膝や脚が痛かったのか長い溜息をついて地面にペタンと座った。
「大丈夫?」
「…全身が痛い」
「僕が手当してあげる」
「どうやって?」
「絆創膏なら沢山あるよ」
「…プッ、君、面白いね」
「そうかな…?」
そんな会話をした後、綾人はその名も知れない少年をおんぶして石段を上がり、近くの手洗い場の水で傷口を消毒した後、ペタペタと少年に絆創膏を貼り付けていった。
少年は絆創膏の貼られた顔や膝を確かめるように少し触ると
「ねぇ、さっき、何で泣いていたの?」
「えっ…!そうだ!僕、迷子になっちゃったんだ!」
「君、この辺りの子じゃないでしょ。どこから来たの?」
「東京。僕、今年は一人でお爺ちゃんお婆ちゃんの家に来てるんだ〜。一週間いるってお母さんと約束したの」
「…君、本当に迷子?」
「あっ!そうだった。えへへへ…っ」
「はぁ…心配だ。一緒に家、探してあげる」
「うん、ありがとう!」
そして二人で手を繋いで家々を回って、お爺ちゃんとお婆ちゃんの家についた頃には日が暮れていた。だからその日は次の日また合う約束をし、それから6日間毎日遊んだ。
森で鬼ごっこ、夏祭り、家での花火…そんな風に、日々は風のように巡り巡り、そして気づけば最後の6日目の朝、いつものようにあの境内で一人、もう時期ある幼稚園の発表会の役、『青い鳥』のチルチル役の練習をしていると、何処かからかパチパチと手を叩く音がして振り向くと、狐の像の上で目をキラキラさせて、尻尾をブンブンとこちらまで聞こえてくるほど激しく揺らしているあの少年がいた。
「君、凄いね。演技上手だよ!将来俳優になったら?」
そう言って降りて来た少年に綾人は駆け寄ると
「えっ?Hey you?」
「違う違う、俳・優。テレビや舞台にたって演技するお仕事だって、世話係が言っていた。」
「へぇ〜、なんか面白そう!うん、僕それになる。一緒にやろ!」
「えっ!…無理だよ。僕そもそもこの世…」
「うわ〜何これ!?」
「あっ!ちょっと、それは…見ないで」
そう言って屈んで絶望的に耳を抱え込んだ少年を尻目に、綾人はその日記帳の中身を見ると、驚嘆した。
「うわ〜、何これ!凄い!凄いよ!僕この物語好き。僕この主人公演じたい。そうだ!君はこう言う物語書く人になればいいじゃん!僕に君の物語を、演じさせてよ!」
「………うん、僕頑張ってみるよ!だから約束、その時は、絶対に演じてね」
「うん、約束するよ!」
そう言って二人の少年は、夕暮れの中、固く誓いあった。
その筈だった
綾人は手紙の中に入っていた写真を強く抱きしめると、涙を流した。
「僕は、なんて馬鹿だったんだろう…君の事を忘れてしまうなんて、こんな大切な約束を忘れてしまうなんて…君はずっと待っていてくれたのに、僕は君に伝えなくちゃいけない事も伝えられなかったなんて…僕は馬鹿だ。そして琥珀、君は……優しすぎるよ」
綾人の腕に抱きしめられた写真には、あの神社の本殿の前で固く手を握り合って笑う、二人の少年が写っていた。
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