妹と狐

 左手に狐の琥珀を抱き、右手にスーパーのレジ袋をさげて家の中に入ると、部屋の中は明るく、リビングからテレビの音が聞こえてきた。


 琥珀は「泥棒か?」と髭をピリピリさせてリビングに小走りで向かうのに対し、綾人は何処か落ち着いて靴を脱ぎ、リビングにいつも通り向かうと、何処かから若い女性と狐の悲鳴が聞こえてきたと思うと、バタバタバタ…と琥珀が半泣きしながら飛びついて来た。そしてその後に付いてきた女性は。



「お兄ちゃん、狐飼ったんだね」

「あっ…うん、名前は…琥珀って言うんだ」

「へぇ〜、琥珀君か…なるほどね。通りで紫呉さんが喜んでいた訳だ」

「紫呉さんが?今日会ったの?」

「うん、ちょっと話しただけ…あの人も、忙しいよね」

「そうだね。最近ちゃんと休めてるのかな?そうだ、今度料理作ってあげよっと」

「いいね。お兄ちゃんの料理は美味しくてバランス良いから」


そう言って綾人の妹であり、現在、声優と歌手をしている凛に琥珀は同意して首を縦に降った。


「そうだ!今日はお兄ちゃんの為にオムライス作ったんだ!」

「げっ…あっ、ありがとう」

「私これしか作れないけど、お兄ちゃんに喜んでほしくて頑張ったんだ」


そうキッチン越しに聞こえてくる声に対して綾人は苦笑しているので、琥珀が「何だろう」と言う感じで見上げてみると、綾人は頭を優しく撫でながら耳元でボソッと


「凛は料理が下手なんだ」


そう言ってまた苦笑するので、琥珀は生唾を飲みこんだ。


「お待たせー!お兄ちゃんのは特別に私のケチャップアート付きだよ♡」


そう言ってニコッと綾人の前に差し出された皿を綾人の腕の中から覗き込むと、そこにはユニークとしか言いようの無い似顔絵らしき物が書かれていた。

 琥珀は心の中で、「絵は下手な人もいるよね」と思いながら自分の分のオムライスを食べてすぐに後悔するのだった。



 リビングでソファーに座りながら、膝の上で甘過ぎるオムライスに体調を崩した琥珀を撫でてあげながら、紫呉出演の人気ドラマを見ていると、横から強さ視線を感じて横を見ると、凛が「私もかまって!」と言うように頬を膨らましてジッと見ている凛に気づいた。

 綾人はそんな妹が可愛くて頭を撫でてあげると今度は琥珀が嫉妬したように撫でてなでてと左手に頭をすり寄せてくるので、結果的に綾人は両手で一人と一匹を撫でる変な状況になってしまった。この状況に綾人は


(はぁ…これってよく言えば両手に華で、悪く言えば変態なんだろうな…あぁ、テレビに集中したい)


そんな事を思いながら心の中で溜息をつくと、凛がまたジッと見てきた。


「どうしたの?」

「ねぇ、お兄ちゃんってさ……本当は、戻りたいんじゃないの?」

「えっ…」

「お兄ちゃんドラマ見てる時…いつも人の技術盗もうとしながら観てるよね」

ヒュッ

「それに私も紫呉さんたちも…」

(辞め…っ)

ヒュッ

「皆待って…あっ!」


その声にびっくりして半寝状態だった琥珀が飛び起きて綾人の顔を見ると、顔中から嫌な汗をかき、目には涙、そして呼吸が…過呼吸だった。琥珀はどうして良いのか分からずあたふたしていると、凛が濡れタオルを持ってきてそれを綾人に渡した。


 濡れタオルを貰った綾人はそれで口を覆って前屈みで息を整えるながら、目の前で泣く妹の頭を優しく撫でてあげた。


「ごめん、ごめん私…バカ言った。お兄ちゃんが苦しむ姿なんてみたくない筈なのに…ごめんなさい、ごめんなさいお兄ちゃん」

「りっ…凛…いい…よ。だから…だからね」

「ごめん、ごめんね」


そんな二人に琥珀は出る幕がなく、それを横目に隣で大人しく寝ようとすると、綾人に抱き寄せられてその暖かな手で撫でられ、琥珀は駄目だと分かっていながら目を閉じてしまうのだった。

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