運命を破る二つの決意


 声が聞こえた。


 わたしを呼ぶ声だ。

 誰の声か。もう分からない。


 気づけば、胎内にいた。

 ここは心地よい。なにより考えなくて良い。

 もう意味を問い続けなくていい。

 

 鉛を溶かした空気を吸い込むような生きづらさとは無縁で。

 彼だって、もうわたしに愛想尽かしたはずだから。

 

 良い。

 これでいい。ずっとこのままで。

 

 緩やかな死を受け入れれば。

 何もいらない。

 

 だってこれこそが。

 わたしの望んだ結末でしょう?

 



                        ──ランゼ。

 

 ああ。

 

 最低だ。

 

 怖気と虫唾がはしる。

 

 もう残らずわたしという存在を徹底的に殺し尽くしたい。

 

 嗚呼、恥ずかしながら思ってしまった。

 欲しい、と。

 

 なにもいらないと言った、その舌の根も乾かぬうちに。

 自分にどれだけ血塗られた罪があって、どれだけの罪状があるか知りながらも、それでも欲しいと思ってしまった。


 嗚呼、最低だ。最悪だ。


(わたしは、あの男が欲しい)


 この衝動の名は知らないが、無性にあの男が欲しい。

 彼から向けられる全ての眼差しを独占したいし、彼の幸福はわたしが手ずから与えたい。打ちひしがれた時は手を差し伸べてやりたいし、痛みを覚えるなら、その原因はわたしでありたい。


(・・・・・・そうだ。わたしは欲しいと思ったモノは死神からでも奪うのであろう?)


 である。

 たとえ誰彼も目を背けることであっても。

 それが神仏から奪うことに成ったとしても。


(わたしはこの激情を制しがたい。いや、違うな。我は、この激情に身を灼きたいのだ)


 痛みを受け入れよう。罪を背負おう。

 そして後ろ指さされようとも、この身勝手な激情に身を任せて全力で駆け抜けよう。


「──この純情じゅんじょう苛烈かれつな恋に誓う。

         この狂信きょうしん無垢むくな愛にうたうッ」

 

 少女は決意する。

 この唾棄すべき世界で、誰よりも華麗に、そして狂ったように踊ってやろうと。


「──我が魂よ咲き誇れッ。我が大願よ狂い咲けッ」

 

 手を伸ばし、彼女は魂に内包する真なる虚構を叫ぶ。




   「神話レジェンダッァ【百焔繚乱コノハナノサクヤヒメ】」




 瞬間、世界が美しい火焔をまとった。

 

 さながら一陣の風に吹かれた桜吹雪。

 淡い桜色に燃える火は、瞬く間に虚飾を焼き尽くし、彼女を包んでいた肉塊を灰と化す。

 

 そして火焔の切れ目から、求めていた者を垣間見た。


「チグサッ!!」

「エトランゼッ!!」


 彼方から伸びた手に、此方の手が重なる。

 二人の手は重なり、こうして運命を破る二つの決意は揃う。


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