第2話 展示物008

 展示物008は透明な密閉容器に封入されていた。

「こいつは厄介な代物だ。基本的に容器を開封することは禁止されているから、君も開けないように」

 先輩は言った。

 分厚い三重のガラスでできたケースには、赤い液体が入っている。密閉されている筈なのに、なぜか表面にさざ波が立っていた。

「これは何ですか?」

「展示物008は一種の染料だ。非常に強くて、少し触れただけでもなかなか色が落ちない」

「それは厄介ですね」

「いや、厄介なポイントは他にある。こいつに染まってしまうと、今度はまだ触れていない他の人間にこれを広めたくなる。そうやってこいつは人と人との間を渡りながら、どんどん染まった人間を増やしていく。染料でありながら、ある種のウイルスのような特性を持っているんだ」

「怖いですね」

「そうだ、これに染まると例え自分の意志と正反対のことでもしてしまうというから本当に恐ろしい」

「もしも開けてしまったら?」

「どこかで止めない限り、際限なく広がり続ける。きっと瞬く間に世界中に感染するだろう。致死性は無いし、多くの場合人間はこれに染まっていることに気づきもしないから、対策は立てられにくい。最後には全ての人間の行動が、こいつに支配されるようにもなるかもな」

 先輩の言葉が聞こえたかように、赤い液体がまたゆらりと揺れた。


 展示物008ー同調圧力〈ドウチョウアツリョク〉ー

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