森羅万象博物館

Black river

第1話 展示物001

 私が「森羅万象博物館」の専属学芸員として就任した時、最初に行ったのは全ての展示物を回ることだった。この博物館は、通常の博物館では展示はおろか保管すらできないものが大量に収蔵されている。そしてそれら一つ一つには、特異な管理方法があるのだ。

 先輩の後ろについてそれを学ぶことが、私にとっての初仕事だった。

「これから見せる展示物001は大きな危険性を孕んでいる。よく気をつけるように」

「はい」

 先輩は展示エリアの入り口である、重そうな鉄の扉を開けた。

 そこは5メートル四方の部屋で、コンクリート製の無機質な壁には窓一つ空いていない。完全な密閉空間である。そしてその中を、小さな白い獣が走り回っていた。

小型犬のようにつぶらな瞳をしている。

「かわいいですね」

「展示物001はまだ子供だ。ここからどう育つかは与える餌によって変わってくる」

 そう言いながら先輩は持ってきた袋の中から紙束を取り出すと、差し出した。獣は喜んで紙束をかじりはじめる。

「餌は何ですか?」

「今のところはこの状態を維持するために白紙の束を与えている。だが文字の書かれているものを与えると、その内容に応じて形態や性格に変化が生じる」

「それのどこが危険なんですか?」

 私は尻尾を振りながら紙束にがっつく展示物001を見て言った。

「これまでに何体かの展示物001の給餌実験を行ったことがある。その中で、こいつらは書き手の考えや熱意が真剣に表われているものに触れるほど、大きく変化することが分かった」

 展示物001は餌を食べ終えると展示室の隅に走って行って蹲った。

「与える内容が特定の思想に傾倒すればするほど、成長速度は速くなる。しかし成長の方向性を誤ると、もはや誰にも制御できない野獣となる。周りのものを傷つけても気づかないほど暴れることもあるんだ。過去に過激思想の団体の出版物や宗教書を与える実験が行われたが、その時は危うく施設そのものを破壊するところだった」

「だから白紙を…」

「そうだ。内容のあるものを与え続けると偏食癖がついて、成長の方向性がコントロールできなくなるからな。今のところは初期段階の展示を目的としているから、この状態を保っているが、そのうち君にも、こいつの餌の調合をしなければならない時が来るかもしれない。その時はくれぐれも慎重に」

「分かりました」

 私たちは展示物001を後にすると、次の展示室に向かった。


 展示物001ー信仰〈シンコウ〉ー

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