博士とロボ
元とろろ
手のひらのねじ
「博士、これなんとかなんないすかね」
手のひらに刺さったトラス小ねじを博士に向けて、もう何度目かになる要求をした。
「そのねじを取り除くということであれば、はい、技術的には可能です。しかしそうする意義がありませんので実行は許可できません」
「まあ、そうっすよね」
その答えも何度目になるのか。毎日毎日、俺と博士は同じやり取りをしてきた。
高性能ロボの癖に学習しない、というわけじゃない。
断られるのはわかっているが、それでも俺はどうしても諦められない。それだけだ。
「じゃあ意義について、ちょっと意見をまとめてきたんで聞いてください」
「わかりました。内容次第では再度検討しますので話してください」
喋り方だけは博士の方がよっぽどロボらしい。それでも博士の手のひらにねじは刺さっていない。
きっと感情での理解はしてもらえない。
だから俺は理詰めで説得するために、このねじについて実際に不便、不都合だと感じた瞬間を一つ一つ記録してきた。
「えー、まずはですね。手のひらに物を置いた時に微妙に浮きます。皿とか一度にたくさん持つとかなり危ないです、マジで」
「お盆を使うことを提案します」
実際今までも皿を運ぶ時はお盆を使っている。
「じゃあ次はあれです。柔らかい物を持つとねじの跡がつきます。粘土とか」
「その程度のことで発生する変形であれば、修復も容易だと考えられます」
「それはそうっすね」
ここでネタが尽きた。
いざ記録をつけようとすると全然書くことがなかった。
実際のところ、困るほど邪魔ではないのだ。
俺がこれを嫌っているのは純粋に気分の問題だ。
人間と区別がつかないほど完成されている見た目が、この一本のねじだけで崩れている。
誰でも手のひらさえ見れば、俺がロボだとわかってしまう。
「あ、そうだ。物理的には邪魔になってませんけど、俺はこれで悩んでるわけですよ。そういう不安がパフォーマンスに悪影響を及ぼす恐れがあるような?」
「現状でのあなたの行動は常に期待以上です。私はあなたの運用に不安を感じてはいません」
「そうすかね?」
これは褒められたのだろうか。
ちょっと嬉しくなって、今日はもうねじの話はやめようか、なんて思ってしまう。
しかし。
「あなたがそのねじを嫌っているのは不便だからではなく、一目でロボとわかるからですね」
いつもなら適当に会話を切り上げる博士が、今日はいつも言わないセリフで会話を続けた。
俺は言葉に詰まる。それを言い当てられるとは思っていなかった。
「たとえ見た目を変えたとしてもあなたはロボです。事実としてロボなのですから、見た目だけで人に間違われてしまうのは辛いものですよ」
それは、確かに博士だから言えることではあるのだろう。
どれだけ喋り方をロボらしくしても、博士を見てロボと思う人はいない。
いるとしたらそれは、博士が世界で唯一の完全な人間型の外見を持つロボだという知識を既に持っている者だ。
俺と博士、どちらもロボだが決定的に違っている。
博士が俺の気持ちをわからないように、俺の思いが及ばないなにかがきっと博士にもあるのだろう。
俺のこの姿は博士が考え抜いて創り出したものであるはずだから。
それでも、あるいは、だからこそ。言いたいことが一つある。
「博士、俺は人間に間違われたいわけじゃないんです」
俺が近づきたいのは人間ではない。
「俺がなりたいのは、人間と区別がつかないロボです」
今度は博士が言葉に詰まったようだった。とても珍しい反応だった。
「あなたの提案の実行について、もう一度検討してみようと思います」
博士はいつも通りの無表情で、けれどいつもと違う答えを口にした。
博士とロボ 元とろろ @mototororo
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