第八話 邪神がお家にやってくる!
深夜十二時、不良少年としてはどうなのかは置いておいて、似非不良少年としては非常に遅い時間だ。
雨は一過的な物だったのかやんでいた。色々なことが立て続けにあって、そして車に乗って一息ついてしまったからか、体が鉛のように重かった。
閑静な住宅地の一角にある公園で要が車を止めた。玲人の自宅の傍の公園だった。住宅街の家々の灯りは多くが消えていて、静かな眠りを物語っていた。
「アイズへの強制捜査はうちが、石については五十六が洗い出すことになった。流石にないと思うが、今晩は念のため弥子を警護につける」
昼間は幼子が遊びまわっているような地で、仏頂面の男が淡々と物騒なことをいう光景はどこかシュールだった。
「警護って、弥子が?」
「不安は分かるが、ある意味最強の防犯セキュリティだ。それに弥子がいるなら、実質俺が警護しているのと変わらん」
「実質?」
玲人の問い返しに説明不足の事に気が付いたのか、要が面倒くさそうに補足した。
「仮にも邪神を放置しておけるわけにいかないだろう。弥子には有事の際に俺が強制的に召喚される呪具がつけられている」
「Dシステムっていう、最高峰の魔術システムらしいよ。私が世界を滅ぼしそうな行動をとると要さんが強制転送されてくるんだ、判定基準はよくわからないけどね」
そういうと弥子は右手の銀色の時計を見せる。一見何の変哲のないデザインだが、よく見れば謎の文字がさりげなく彫り込まれている。
「大丈夫、要さんは市警備部最強レベルの実力だし、現状私を倒せる手段は確立されていないから! もしもの時も、負けはないよ!」
最凶の防犯セキュリティの満面の笑顔に、不安しか感じない玲人は無言で要を見やった。が、諦めろというかのように要は軽く肩をすくめて一蹴する。
「俺は本部に戻り、明日報告もかねて迎えに来る。――どうせ、明日も忙しい。今日はよく休め。それから」
そこで言葉を切ると、要の仏頂面が玲人に向けられた。
「小僧、慣れない中よく生き延びた」
「は?」
思わず、仏頂面をまじまじと玲人は見返してしまった。が、そんな反応はどうでもいいのか要はあっさり車に乗り込むと立ち去っていく。
予想外のねぎらいの言葉は温かく、重みを実感してしまえばじわじわと照れくささが湧き上がってきた。
「ね? 要さん良い人でしょ。怖いとこもあるけど、ちゃんと人を見る人だから――でも褒めるのはレア、良かったね」
まるで自分が褒められたことのように弥子は嬉しそうだった。
「じゃあ、行こうか」
「行くって?」
「二ノ倉君家でしょ」
その言葉に思考が停止した。そういえば、警護とはどうやってするのだろう。疲れのせいか全く考えていなかったが、色々と嫌な予感がした。
「……俺の家にくるのか?」
「え、いたいけな女子高生を放置するの?」
邪神がお家にやってくる、何だろう、色々と笑えない。
何をどう注意すればいいのか、ネズミ捕りを仕掛けるために、地底人を招いてしまった、そんな気すらした。頭痛というものを玲人は久々に感じた。
「……家族にどう説明するか」
「それは大丈夫! それ用の道具を持ってきたから丸め込めるよ!」
「丸め込む」
「程よく洗脳して、無難に問題なく二ノ倉君が帰宅して、友人が一晩無難に泊まりに来たことになる」
そういって実にいい笑顔で弥子が取り出したのは、手のような形をした燭台と真っ赤な蝋燭だった。蝋燭はとにかく紅く、崩し字のようなものがびっしりと書かれていて禍々しさすら感じる。
「……それは?」
「染想の灯火、秋姫ちゃん――友達から借りました! 人の認識を都合よく捻じ曲げてくれるお助けアイテムだよ」
「いや、大丈夫なのかそれ!?」
明らかに使いたくない禍々しさである。目線で強めに確認をすると、神妙に弥子が頷いた。
「意図的にしようとしなければ副作用的には。使い手を選ぶタイプの自我がある道具だから、認められないと使い手が呪われたりするけど、秋姫ちゃんがばっしり躾けているからその点も基本的に平気。まあ、私は一回焼かれかけたけど、やり返してからは問題なく使えているよ」
「……やり返すって、なにしたんだ?」
「第四の瞳で防いだら、うっかり溶かしちゃって、存在が半壊した。 溶けた破片を探して再生するのに三か月かかったよ、秋姫ちゃんにも怒られたし大変だったなあ」
まだ見ぬ秋姫に玲人は同情を覚えた。
曰くの品は見た目通り、その効果は劇的だった。
「そういうわけで、本日お世話になる友人の東森弥子です」
『さようさよう』
弥子の言葉に被せるように低くしゃがれた、不気味なほどよくとおる声が相槌を打つ。出所は弥子の手元の火をともされた燭台で、どこに口があるのか分からないが、それは流ちょうに人語を操った。
「今夜二ノ倉君の帰りが遅いことは問題ありません。私が泊まることも不思議ではありません。今夜何かあなた方の常識にありえないことがあっても、何の不思議もありません。そして今夜のことは明日の夜の後は思い出せません」
『さよう、さよう、さようである』
それはひどく気味の悪い光景だった。無茶苦茶な言葉としゃべる灯台、それを驚くこともなく、人形のように凍り付いた表情で灯を凝視する両親と弟――人によっては悪夢といってもいいだろう。
「では、私と二ノ倉君には気にせず、どうぞお休みください」
『さよう、さよう』
洗脳は一通り済んだのか、弥子が燭台を軽く振ると、両親と弟はうつろな表情のまま頷き、何事もなかったように寝室へと向かっていった。
「すごい、な」
奇妙な後ろ姿にいいようのない罪悪感を覚える。決して開けてはいけない箱をあけてしまったような、一線を越えてしまった感覚だった。
「まあ、気分悪いよね」
「……これが一番ましな方法なんだろ。上手くいったのか?」
不満や不安がないわけではない。それでも弥子たちが選んだのなら、彼らなりの最善の選択肢なのだろう――そう思える信頼はあった。
「うん、これで今晩は何があっても大丈夫だよ。不意打ち決められたし、副作用もなし! さすがはソーちゃんだね!」
弥子は満面の笑顔で片手でブイサインを決めると、空いた手でねぎらうように燭台を顔の前に掲げた。
『我の名は異なり。不快である。やめていただきたい』
先程までしかり一択だった灯が心底嫌そうにしゃべった。その中でも敬語と若干の怯えが混じるあたりに、過去の大惨事が何となく想像がついた。
「えー、名前を呼ぶわけにはいかないし、付き合い長いお友達だからあだ名ぐらいは欲しいよ」
『不要なり!』
「じゃあ、ソウタロウとかは? ね、ソウタロウ!」
「……弥子、やめてやれ、まだやることがあるんだろ」
禍々しい化け物とはいえ、哀愁漂う応酬に見るに見かねず助け舟を出すと、弥子は言いたいことはありそうだったが、素直に燭台の火を吹き消した。
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