第五話 怪盗五十六3
鈴の音はひどく反響して聞こえた。その音源は見当がつかないが、言いようのない不吉さを玲人は覚えた。
「おい、これって」
尋ねようとして、玲人はぎょっとしてその言葉を止めた。要は無言で小銃を引き抜いていた。やはりという謎の納得感と、それに反して険しい顔で幾何学模様の書かれた紙の束を取り出す悠に怪訝な気持ちを覚える。弥子に車内で見せられたものに似ているが、崩し字のようなものが目一杯かきこまれており、不穏な物を感じさせた。
「――悪い、多分破られる」
要と悠の視線は入り口の扉に向けられている。険しい二人の視線に反して、その扉は何の異常も感じ取れない。
呆けたようにその扉を見ていると、玲人の右手を温かなものがつかんだ。
「分かった、二ノ倉君隠れるよ」
それは弥子の左手だった。白く細い、暖かな人のぬくもりは少し艶めかしく、こんな状況なのに少しだけ心臓が飛び上がる様な心地がした。
「隠れるって」
「悠の結界は完全にシャットアウトできるわけじゃないから、あ、ごめん」
「――おい!?」
弥子に右腕を強く引かれ、バランスを崩した玲人は弥子もろとも倒れた。ガタンとイスを巻き込んだ物音と、何かが割れる乾いた音、うっすら漂った火薬の匂い。
パンっという軽い音がした。見れば扉にひびが入っていて、次の瞬間それが炎に包まれ、すさまじい爆風が店内に流れ込んできた。
小学生の頃のキャンプファイアーを咄嗟に思い出す。燃やすことだけが目的の猛々しい炎、まさしくそれだった。熱風が肌に痛く、炎は目にまぶしい。生き物のような炎が扉の外に満ちる中で、玲人は信じられなさのあまりに声を上げた。
「な、人!?」
それは平然とポケットに手を突っ込んで立っている男だった。こちらを観察するように小首をかしげるその顔はやけにぎらついていて、炎を気にする様子もないことと相まって異常さを感じさせた。
「どうも、こんばんは」
にこりと人のいい笑顔を浮かべた男がそのまま足を踏み入れようとすると、それを拒むように青白い火花が舞い、塞ぐように半透明の膜があらわれた。
「あいにくうちの店は店じまい、しかも火気厳禁だっての――玄冥癸ノ楯」
幻想的な青白い光は悠の手元の紙からも漏れていた。無造作に悠が放ると、それは放たれた矢のようにまっすぐに飛び、膜に張り付いた。
手品のように鮮やかな、されどどんな手品でも見たことがない鮮やかな動き――息を呑むように美しかった。
「防御一択、つまらないねぇ」
「お前の性癖はどうでもいい」
空気を切り裂く破裂音がした、銃声だ。見れば、要の持つ小銃から煙が上がっていた。
「どこの使いか吐いてもらおうか」
男に当たったのかどうか、玲人には判断ができない。だが、男は要を見て目を丸くすると恍惚とした表情を浮かべた。
「ああ、我が同胞、魔弾の王じゃないか! ああ、嬉しいね、嬉しいよ、相変わらず君は美しい! 素晴らしいよ!」
「うわ……」
なんだかいけないものを見てしまった気がした。
男が狂乱の笑みを浮かべているのに対し、要の顔は変わらない。若干、イラついているようにも見える。
「……もう一度聞く、今度は誰の使いだ」
「相変わらず無粋だね、君は。まあ、そこも魅力的だけど! それにしても俺と君、あと五十六、もう完ぺきじゃないか! ああ、本当に気持ちがい」
次の瞬間、遮るように聞こえてきたのは銃声の嵐だった。息を止める間もない銃声、どんな指使いをしているのか、サブマシンガンでもあるまいに、それは男に降り注ぐ。だが、生き物のような炎が男を覆い、それを防ぐ。
明らかに異常な光景に、何をすればいいのか分からず玲人は地面から一歩も動けずにそれを見ていた――がその耳を何者かが引っ張った。
「驚きのところ、悪いけど、逃げるよ!」
熱風が弥子の髪をあおる。弥子と倒れこんだ位置はカウンターに入りかけたところで、入り口からは見えにくい。呆然とする玲人を安心させるように弥子は微笑んだ。
「悠と要さんはこういうのに慣れているから大丈夫、だから逃げる」
「逃げるって」
「脱出口! 五十六も正義の味方な分、敵は多いから」
そういって引きずるようにして、弥子はカウンターの裏に入り、慣れた調子で酒瓶の棚をスライドさせた。重そうな酒瓶が入っている割にはあっさり動いたことから、フェイクらしいく、人ひとりが入り込めそうな木戸が姿を現した。
「まじかよ」
「まじ! 行くよ!」
不安しか感じない暗闇に顔を引きつらせる玲人に対して、明るく弥子が言い切り手を力強くひく。不安のかけらも感じ取れないその態度が、逆に不安を助長させた。
行かざるを得ない、混乱した頭でもそう理解した瞬間だった。ドンっという地面が揺れるような振動と、先程とは比較にならない爆音と焦げ臭いにおいがした。
カウンター越しでよく見えないが店内はやけに明るく、大分火の海と化しているようだった。相変わらず銃声の連打はやまないが、穴に潜り込もうとした体が止まる。
分からない、何が起きているのか分からないし、自分にはどうすることもできない。だが、このまま二人を置いていく決意が持てなかった。せめて様子を見ようと立ち上がろうとした玲人の顔を弥子が両手で挟んだ。
「気持ちはわかるけど、私たちは今お荷物なの。戦えないし自衛もできない人間が行くのは冒涜だよ」
「でも」
「大丈夫、要さんも悠も強い。それこそ、実力を発揮できればうっかり邪神を殺せるくらいに――だから、信じよう」
弥子の笑顔は日常のものと何ら変わらない、だからこそありったけの信頼がそこから感じ取れた。
不吉な音は依然と続き、弥子の声も顔を近づけないと聞こえない。何が起きているのか分からない、この道が何処に続いているのかも分からない。
「……分かった」
玲人は頷いた。今の自分にはそれしかできない、その決断こそが、今の玲人の勇気の全てだった。
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