第四話 怪盗五十六2
目当ての場所はところどころ店の明かりが灯る通りの、古ぼけた三階建ての建物の地下にあった。
バーなのかこじゃれた横文字で「Mirage」というアンティーク調の看板が掛けられていたが、細々とした灯りだから通行人には素通りされそうなありさまだった。
「ここに五十六が?」
正直、愉快犯の住処には思えず、玲人が再確認すると弥子が答えた。
「うん、今はね。あちこち移動しているから、数か月の話だと思うけど」
少々入りにくい店への階段を要が無言で降りていく。大柄で鍛えられた分かる背は、前にすればとても安心できた。壁にはいつの時代か分からないポスターが張られていて、一層寂しさと怪しさを感じさせた。
レトロな木の大扉がカランという軽いベルの音とともに開かれた。
「よっ、いらっしゃい」
小さめの店内はカウンター席のみで、客はいないようだった。ずらりと並べられた酒の瓶とグラスが、玲人からすれば大人びた非日常を感じさせた。
カウンターの中に立つ店主らしき男は予想よりもはるかに若かった。甘いマスクのバーテン服の男は、それこそ学生服を着ていても違和感がない。
というか、学生服姿を玲人は知っていた。
「はっ? 七谷?」
「ちょっ、二ノ倉?」
信じられないものを見るように互いが固まった。そんな男たちをしり目に弥子が無邪気に言い放った。
「紹介するね、こちらA組の七谷悠、私の幼馴染で今代の怪盗五十六。 で、こちらもA組で二ノ倉玲人君、絶賛賢者の石関連でアイズとトラブっているよ!」
「ちょちょちょ、ちょっと待て、弥子!」
先程のニヒルな顔はどこへやら、泡を食った顔で弥子につかみかからんばかりの様子なのは――間違いない、玲人のクラスメイトの七谷悠だった。
「なんで、ここに、クラスメイトをつれてきた!」
「え、賢者の石関連人物って伝えたよ?」
「知り合いならワンクッション入れるだろ! 俺、怪盗! 世間様には秘密!」
力強く怪盗と言い切るものの、世間様の評価は無駄に有能な愉快犯である。それが知り合いだとわかり、自然と玲人の目が生暖かくなる。
「……七谷が五十六なのか」
「やめろ、その憐みの目! 誤解が多いのと、親父のせいだから! 俺はれっきとした五十六!」
大絶叫、してその目にはうっすら涙が浮かんでいるようにも見え、ますます哀れを誘った。混沌といわざるを得ないにぎやかな雰囲気――と、唐突に乾いた破裂音がし、悠の後ろの酒瓶が割れた。
「っつ」
砕け落ちるガラスの音、鼻につく酒の匂い、そして小銃を構えた要。突然の展開に、玲人の背筋が凍った。
「ごたごた喧しい、無駄だ」
「おい、客来なくても商品だからな? 気軽に撃つなっていうか言語を使え! 言語!」
突然の発砲であっても、悠の様子はただ苦言を呈するだけで全く恐怖を覚えていないらしい。固まったままの玲人に対し、悠は改めて向き直った。
「初めまして、俺は五十六。この街の庭番のようなものだ」
その笑顔はクラスで見るものと似て異なる、薄暗い芯を感じさせるものだった。弥子のような異質な雰囲気に、ああこいつは別人なのだと漠然と玲人は思った。
「……二ノ倉玲人。賢者の石のありかを知っていると勘違いされている、よろしく」
玲人が手を差し出すと、一瞬驚いたように悠が目を見張り、苦笑の後にその手を取った。
ーーーーーーーー
「結論からいう、賢者の石は確実に親父、先代が処理している」
「うん、通説なら賢者の石はアイズから五十六が奪い取り、その後破壊されている。でも」
そこで区切って弥子が玲人を意味ありげに見た。その様子に悠が頷く。
「実のところ、この世にまだあるというのはまず間違いない。ただし、この100年以内に確実に消滅し、なおかつ見つけたとしても利用は不可能な形態になっている」
「まあ、あれだけの因果を曲げるエネルギータンクだから、即消しは不可能だよね」
「だがどんな魔術師、吸血鬼、たとえ邪神であってももう利用はできない形にはなっている、実質はないのと変わらないだろ」
魔術師、吸血鬼、さらには邪神、どれも玲人にとってはありえない言葉だ。だが、この言葉たちの妙な重みは何なのだろう。
よくできた夢の中にいるような、居心地の悪さを玲人は覚えた。
「なるほどね、流石は親父さん――で、どこにあるの?」
単刀直入すぎる切込みかただった。
流石にそう簡単には答えられないのか、自然と場に沈黙が起きた。それを遮ったのは発砲以降黙っていた要だった。
「安心しろ、うちも利用は考えるほど馬鹿ではない。破壊ができれば破壊、無理なら消失するまで隔離するだけだ。利用できないと五十六が言えば確実だろうが、分からん馬鹿は無駄に争う――この世にまだあると知れたからには、馬鹿げた夢が散乱するぞ」
「まあ、それは俺も分かる。だが、悪い。俺も分からない」
苦虫をかみつぶしたように悠が言った。
「分からないの?」
「ああ、親父を含め、誰も分からない。そういう形で処理している、と聞いている。正直、何故この話題が掘り返されているのか分からない――二ノ倉、お前覚えはないのか」
自然と場の注目が玲人に集まった。
明るく染めた茶髪、着崩した制服、目つきの悪い顔立ち、愛想のない態度――二ノ倉玲人は不良として高校では扱われている。校内でつるんでいるものはいないが、良くないつながりもあるのだろう、そう考えられてもおかしくない。
「なんでもいい、普段つるんでいるやつとか、良く行く場所、最近行ったところとか」
「……いつもと変わらねぇ」
玲人が歯切れ悪く言うところに何かを思ったのか、悠の目がやや鋭くなる。だが、玲人の事情はおそらく真逆だった。
二ノ倉玲人、実のところ身だしなみ以外の校則はほとんど破ったことがないのである。悪、といわれる行為をしたこともないし、友人も知人もいない、基本街をうろつく以外していない。
ぶっちゃけ、人よけのための恰好だったのである。――正直、真実を語るのはためらわれた。
「具体的には? アイズに絡まれる前に行ったとことか」
「……ゲーセンとか?」
一瞬、何とも言えない沈黙がその場に降りた。追い打ちをかけるように、悠が確認する。
「つるんでいるやつとか」
「……いない」
その沈黙は生暖かった。
特に悠の視線は、先程玲人に向けた優しさのようなものがあり、ますますいたたまれなくなった。
「あー、うん、よく考えたらお前、真面目だよな。授業も出ているし、愛想は悪いけど、害してくる感じじゃないし」
「おい、その目をやめろ愉快犯! だから言っているだろ、覚えが本当にないって! デマか何かだ!」
言えば言うほど虚しくなるので、後半は半場叫んでいるような感じだった。顔は羞恥心のせいでひどく熱かった。
「……まあ、二ノ倉が絡まれただけなら、正直どっかの抗争の撹乱とか、愉快犯とか、単なる勘違いが妥当だが」
「なんだよ、それ以外あんのかよ」
「いや、だが弥子が関わった」
苦虫を噛み潰したように悠が弥子を見る。その悔やんでも悔やみきれないものを見るような目に対して、弥子は朗らかな笑みを浮かべるだけだ。
「……それがどうしたんだよ」
意味が分からずに先を促すと、悠が答えた。
「これじゃあ、つまらなすぎる」
「……は?」
まるで理解ができない理由に言葉を失った。目が覚めてから、訳の分からない論理をかまされてきたが、これは一際異常なものだった。
「あーとね、私厄介ごとダイソンみたいな性質があるの、不可抗力だけど。だから私が関わるなら、もっと楽しいものかなって」
「楽しい?」
その表現は子供が虫をいたぶる様な、無邪気な悪意を感じさせた。自然と背筋をゾッとしたものがはしる。
「弥子が、というわけじゃない。まあ、そういうことだと理解してくれればいい」
「いや、流石に何言っているのか理解でき」
ない、と玲人が言うのに被せて、リーンというやけに室内に響く鈴の音がした。
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