第二話 死神と女子高生と賢者の石2

「……」


 聞かれるとは思っていた。部屋の隅で仏頂面を浮かべている要も気にしているのだろう、だが玲人は胸につかえができたように答えることができなかった。

 巻き込みたくない、というよりは言いたくない。分からない、言うことが怖い、現実だと思いたくない、恥ずかしい、色々な感情が胸の中で絡み合って言葉がでなかった。


「……言いにくいかもしれないけど、要さんおまわりもどきだから、役立つと思うよ」

「もどきをつけるな」

「とにかく話すだけで楽になると思うし、私も確実に巻き込まれているので情報が欲しいんだよね」

「は?」


 てっきりあの暴力の嵐の後に捨てられていた自分を助けたものだと思っていた玲人に対して、弥子はばつの悪そうな笑顔を浮かべた。


「いやー、迷子になったらいかついお兄さんズといけない雰囲気の現場で、うっかり撃たれかけちゃったんだよね!」


 えへ、とか言いそうな明るい調子だったが、内容は全くそうではない。この少女、心臓に毛が生えているのか、頭のねじがないのではないかと一瞬思ったが、それ以上に玲人の胸によぎったのは言いようのない罪悪感だった。


「……悪い」

「へ? これは君のせいじゃないし、むしろ巻き込まれるのが私の役目、というか性質だから気にする必要はないよ」

「はあ?」

「まあ、それはいいとして、ここで頼ることをやめたら、君死ぬよ?」


 突然、部屋の空気が変わったような気がした。弥子の声のトーンは変わらない、沈黙をしている男も変わらない、だがそれこそが玲人の心臓を寒からしめた。


「私は君がなんでバイオレンスされていたのか知る由もないけど、相手なら知っている。君にオイタをしていたのは「アイズ」50年前から綾河市に居ついている、大幅に黒のギャングだね」


 玲人が知りもしなかった情報を新しいクレープ屋の情報を語るかのように、何でもない口調で弥子はさらりと言う。

 思いがけない相手だったからか、弥子への疑問よりも相手への恐怖が冷たい汗となって背中を走った。


「……運がなくて絡まれただけだ。本当に覚えがないし」


 そう、本当に玲人については突然だったのだ。

 彼は見た目はまあ品性良好なんて言えなかったが、それはファッションというか自己防衛のようなものでしかない。当然「悪」、とか言える行為なぞしたことすらない。そのうえでなんの覚えもなく連れ込まれて、暴力にさらされた。運がなかった、彼にとってはそれ以外見出せない状況だった。


「いつもみたいに街をふらついていたら、意味わからないいちゃもんを付けられてさ。本当クスリでもやっていたと思うぞ、大分支離滅裂だったし、むしゃくしゃしてあたったんじゃ」

「その支離滅裂の内容って?」


 早口になる玲人を遮り、静かな調子で弥子は問いかける。その透かすような目は玲人にはどこか居心地が悪く感じられた。


「内容っていっても、本当に意味不明で」

「無知の内容は意味不明だっていうよ」

「いや絶対ラリッてたって。あいつら賢者の石はどこだ、とか言っていたんだぞ!?」

「賢者の石だと!?」


 黙っていた男が信じられないものをみるようにこちらを見た。その視線に咎められた気分になった玲人は重ねて弁解する。


「だから、頭がおかしくなって」

「あー、賢者の石、それやばいね。一級案件だし、核レベルの兵器になりかねないし」

「……は?」


 思いがけない反応に、言い訳のように重ねようとした言葉がとまる。半場思考停止状態の玲人に、弥子はあっさりととどめの一撃を刺した。


「あるよ、賢者の石。現実に」

「そ、そんなバカなこと」

「おおよそ人間が考え付くことはこの世に存在している。まあこの場合はあっただけど、賢者の石という種類はこの世に存在する」


 びしっと弥子は玲人を指さした。簡単に折れそうな細く白い指は、見た目に反した力強さを感じさせた。


「賢者の石は古来から多く存在している、血のように赤い石だったり黄金の石だったり、はたまた液体だったりね。永遠の命や尽きぬ黄金、無限のエネルギー、その力は様々だけど、人にとってのある種の不可能を踏破する力で有ることは変わらない。ニコラフラメルしかり、パラケルススしかり、歴史上多くの天才が精製に成功したものの、現代には失われ、精製しうる天才も存在していない――といわれている」

「だから伝説だろ」


 百科事典のような弥子の話に一瞬の安堵を覚えながら玲人は否定するが、彼女はまるで意に介さずに続けた。


「だけどないものを作れなくても、再構築はできる。実際15年前この街では後ろ暗い方法だけど成功している。この街では有名な話で、それに心血を注いていたのが魔術組織でもあった「アイズ」だったことは裏ならみんな知っている――彼らが言うなら、何かがある」


 それは都市伝説よりも下手くそな、あまりにも信じがたい話だった。異常があまりにも整然と語られているからだろうか、笑い飛ばしたいのにその言葉が出てこない。

 弥子が猫のように小首をかしげると、軽快に言葉を続けた。


「ギャングに魔術師、邪神に吸血鬼にサイボーグ、あと超能力者。オカルティズム、神秘主義、この世界では異端でもこの街では成立する――信じないのは君の自由だが、君はもう片足を突っ込んでいるよ?」

「そんなもの――」


 意味が分からない、いや言葉は分かる、その冗談のような口調に混じる本気も。

 分かったからこそ、玲人はやはり言葉につまった。頭の中にひたすらに回るのはありえないという言葉、だが何なのだろう、この知ってはいけないものを知ろうとしてしまっているかのような得体のしれない寒気は。

 沈黙を破ったのは片手に携帯電話を持った要だった。


「……弥子、許可が下りた。一級調査案件だ、小僧も死にたくなければ同行しろ」

「死にたく無ければって」


 あまりにも物騒な言葉を反芻すると、あっけらかんとした声が返ってきた。


「ギャングに狙われ続けるよりはいいと思うよ? 相手が相手だから撃ち殺され案件だし?」


 弥子は毒気をぬくような笑顔で片目をつぶり、両手で打ち抜く仕草をする。バーンとふざけた仕草、でもその背景にあるものは笑えない。


「……分かった」


 結局のところ、不幸のジェットコースターはまだ始まりで、選択肢はなかった。

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