繰り返される〜華見〜

ニコラウス

桜の木に宿る悪魔~ひ~

 年が明け、平成最後の年となった三月頃。


 まだ肌寒いこの季節、靖国神社より桜の開花を知らせる便りが日本全国に届けられると、桜の木がライトアップされる頃には、街中から人の気配が消え、静寂に包まれていた。


 ―深夜二時頃―


 ライトアップされ、美しく咲き誇る桜の木の下で、光が落とす影の中に一人の女の姿があった。

 影の中に潜む女の足元には一輪の大きな華が咲き誇る。


 「ふふふ……。 き、れ、い……。」


 その華は、生涯で一度しか咲くことが許されず、満開でいられる時間はとても短い。だが、この世に現存するどの華よりも美しい。


 「本当に」


 桜の木の下に散らばる華々しい光景に見惚れ、恍惚とするその女の姿は狂気に満ちていた。暗闇の中、その表情を読み取ることは困難を極め、その口から発せられる言葉の意味を、『人間』では理解出来ないだろう。


 「生きている時よりずっといい」






 「ぶらぁぁあぁ……あ?」


 「……はくしょん! くぅー! 一瞬止まっちまったかと思ったー! もう春だねぇ。 んあ。じゅんさん! ポケットティシュ持ってない?」


 先日、桜の開花宣言があり、花粉症も酷くなってきたところで、須津幕すとまく あらうは春の訪れを身をもって感じ始めていた。

 フード付きの身の丈に合わないカーキ色のコートの前を閉めた彼に、運転中の純次は右手でハンドルを握り、吸っていたタバコから手を離した左手で、お尻のポケットに入っていたティッシュをあらうに差し出した。


 「あら。おまえなぁ。 前から言ってっけど、花粉症のくせになんでマスクしねぇんだよ。 きったねぇな。 鼻水飛んできてるよ。……ったく」


 そう言いつつ、タバコの火を消し、純次は小綺麗に着飾った白いジャケットのポケットから出したハンカチで、あらうが撒き散らした鼻水を、拭き取った。そんな調子で、少し砕けた雰囲気の二人だが、向かっている先は現在進行形で、日本全土に恐怖を与え続けている連続殺人事件の現場。


 ―通称『お花見事件』―


 この事件は平成二十六年に初めて起きてから、毎年のように靖国神社の開花宣言のある日に限り、毎年決まって起きている。

 名前の由来は桜の木の下で、桜の花びらにまみれるようにして、惨殺された死体が発見されることに所以ゆえんしている。


 「もう、弥勒みろくさんついてるかなぁ?」

 「そりゃあ、着いてるだろうさ。 奴が俺たちを呼び出してんだからよ」

 「でも、変な話だよねぇ。 刑事でもある弥勒みろくさんが何でも屋なんてやってるじゅんさんに依頼してくるなんて……」

 「この馬鹿息子が、なんて、とはなんだ。 なんて、とは」


 陽気な二人の間には親子というより、友達に近い雰囲気がある。あらうの悪ノリに対して、純次はいつものように洗あらうのぼさぼさな頭を撫でまわした。だが、せっかくセットしたのに、というあらうの言葉にどこがだよ、と軽口で返す純次の顔は父親の顔をしている。


 去年で、五十歳を過ぎた純次だが、若い頃には世界を旅して周り、貧困や飢餓に苦しむ人や、ゴミ山となった地域の改善など、自らを省みない活動をして回っていた。

 その経験を生かし、日本に帰ってきてからは、何でも屋兼探偵業を営んでいる。

 あらうはそれに付き添うように、高校生の頃からアルバイトを兼ねて、大学生となった今も助手を務めていた。


 「そう……だな。 あの敏腕嫌味野郎が俺如きにまで頼ることになるってこったぁ、もうお手上げってことだ。 少しでも力になってやらねぇと」

 「……あ! ちょっと、じゅんさん! そこに車止めて!」

 「おぉ……おい、おい。 なんだよ急に」

 「いいから! ほら! そこでいいから!」


 車を止めないと、走行中でもドアを開けて、外に出てしまいそうなあらうの勢いに負け、純次は渋々ながら、路肩に止める。

 

 急に止めてんじゃねぇよ。あぶねぇだろ、と文句を言って、追い越していった車に純次が威圧的な睨みを利かしている間にあらうは車を飛び下り、純次が助手席を見た時にはその姿は消えていた。


 「……。 またいつものかよ。しゃあねぇ。 一人で現場向かうか。 近いし、あら一人でも辿りつけんだろ」


 やれやれといった様子で、純次は車を発進させた。

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