第1章 Aパート
そして休みの日――
ハルヒの号令で召集をかけられ、平日と同じようにキツい坂道を登って学校へと出向いた俺たちSOS団のメンバーは、これまたハルヒの命により部室の外での待機を余儀なくされていた。
なにやら準備がまだできていないらしく、おまけに「来るのが早い!欧米人を見習ってもっとルーズに動きなさい!」と逆ギレされてしまった。どうせ遅刻したらしたで「あんたたち日本人でしょ!」と逆の事を言うのだろう。まさにブラック部活動だ。
そんなザ・ダブルスタンダードを地でいくハルヒに貴重な休日を潰され……と言いたいところだが、家にいても、寝るか、食うか、最近仏像がマイブームの妹に延々薀蓄を聞かされるだけなので、俺としては出掛ける口実をもらえて好都合ではあった。
それに、見目麗しい朝比奈さんとこうして休みの日も顔を合わせることができるのは、なんだか特別感があって悪くない。嬉しそうにニヤけているが古泉、お前のことなんかこれっぽっちも考えていないからな。
しっかし、こいつらもよくハルヒに付き合う気になれるもんだよなぁ。
「貴方がそれを言いますか。まぁ、ボクにとってはそれ自体が使命みたいなモノですから」
「私もです……あ、でも皆さんとこうして遊ぶのは好きなので、そこは誤解しないで下さい」
使命ね……。仕事と言わないあたりが古泉らしいというかなんというか。朝比奈さんは相変わらず健気で癒されるし、長門に至っては会話に興味すらもっていない。
「それに、こうやって集まっている時の方が、案外気が楽だったりするんです」
「あ、それわかります」
普段は目に見えないレベルで警戒態勢を敷いてる両者だが、この件に関しては意見が合ったらしく、お互いの方を見てニコっと微笑みあった。そんな二人にジェラシーを感じ、横にいた長門に「お前もそうなのか?」と訪ねてみたが、やはり興味がないらしく華麗にスルーされてしまった。悲しい。
ま、この三人はこの三人で、所属する組織とハルヒに板ばさみにされて色々と大変なのだろう。
俺も一年間一緒に過ごしてきて、それも一般人には到底体験できないような苦難を共に乗り越えてきたわけだから、それなりの関係を築けているとは思うものの、顔を合わせていない時は一体何をしているのか、プライベートな時間の過ごした方を含め実は知らないことの方が多い。
もともと詮索好きではないというのもあり、そのへんは深く知る必要もないだろうと思っていたが、最近は少しだけ興味が湧いてきたのも事実だ。
そうだ。ちょうどハルヒもいないことだし、親睦を深めるためにも一丁世間話と洒落込んでみるか。
「休みの日ですか? そうですね……ボクは街で買い物をすることもあれば、学校の友人と遊んだりもしますよ。この前はクラスのみんなとカラオケにいきました。あれは楽しかったな~」
「私も仲の良いクラスメイトとお出かけしたり映画を観に行ったり……といっても、ほとんど鶴屋さんとですが」
もっとこうスパイ映画の主人公のような生活をしているのかと思ったが、二人とも案外一般的な時間の使い方をしているんだな。もちろんブラフの可能性もあるが。
まぁ俺としては古泉の陽キャ自慢はハナからどうでもよくて、気になるのは朝比奈さんが口にした人物の名前だ。鶴屋さんも底が知れないというか、ハルヒ以上に謎が多い人だからなぁ。
未だに一般人かそうじゃないのかわからないし、もし後者だった場合、全面的に味方と考えていいのかも不明だ。この中で一番仲が良いのは朝比奈さんだし、ここで少しでも情報を引き出しておくのは、今後のためにも悪くない選択肢だと思う。
長門もそう思うよな? ……はい無言!
「鶴屋さんですか~? 私が知る限り普通の一般人だと思いますけど……」
本当にそうなのだろうか? 少なくとも一般人と断言できるほどの材料は揃っていないように思える。古泉も俺と同じ考えのようで、口には出さないが表情が一瞬険しくなったことからも、どこか普通ではないと察しているのかもしれない。
「正直なところ私もよくわかりません……。でも、もし鶴屋さんに何か特別なアプローチをする時は、必ず事前に相談してもらえないでしょうか……?」
男二人から疑心暗鬼の目を向けられすっかり弱気になってしまった朝比奈さん。しかし「相談~」の部分は、瞳に強い意志を宿して訴えかけてきた。普段は周りに流されやすい人だけに、俺も古泉もこれには虚をつかれてしまい、おかげで冷静になることができた。
「すみません。少し考えすぎでした」
「い、いえ! 謝らないでください! 私の方こそ意地になってしまってごめんなさい……」
「朝比奈さんにとって鶴屋さんは、それくらい大切な人なんですね」
「はい♪」
ちなみに二人はよくお互いの家でお泊り会をしているらしい。一男子としては、美女二人が夜な夜などんな会話をしているのか非常に気になるところではあるが、そこはいつもの「禁則事項です♪」で上手くかわされてしまった。そんな幸せそうな顔をして言われると、いけない妄想をしてしまいます。
とくに鶴屋さんはボーイッシュなところがあるので、その手の場面を想像しやすくて大変よろしくない。鶴屋×朝比奈の王道もよし。朝比奈×鶴屋の意外性も悪くない。
……これ以上はCEROに引っかかるのでやめておこう。
とにかく朝比奈さんも古泉もそれなりに学生生活を謳歌してるみたいでよかったよかった。俺にはこうして私生活を気にかけてやるくらしかできんからな。普段助けてもらっている分こういうところでコツコツ返していかないと、いつか見捨てられてしまうかもしれない。
それは冗談として、朝比奈さんは役目を終えたら元の時代に帰らなければいけないんだよな……。そうなればせっかくこの時代で仲良くなれたご友人ともお別れか。その中に俺が含まれているかはともかく、鶴屋さんとのノロケ話を聞かされた後だと少し切ない気持ちになる。
もっとも鶴屋さんのことだ。
「そんなの関係ないんさー!」とか言って時空を超越しながら朝比奈さんとの関係を続けてしまうのではないだろうか。あの人にはそういう無敵パワーというか、ネガティヴなイメージを一切受け付けないオーラのようなものを感じる。
やっぱり一般人じゃないのか?
と、キリよく会話が途切れたところで部室の扉が開き、その隙間からひょこっと顔を出したハルヒが、恨めしそうな目でこちらを見てきた。
「随分と楽しそうね。何話してたのよ」
「いやー俺たちの団長すげーよなーって、みんなで話してたんだよ。な、古泉」
「ええ。ボクたちがこうして楽しく思い出を語れるのも、涼宮さんなくしてはありえないことです」
「そ、そうです! 涼宮さんは凄い人です! い、いつも凄い楽しい事を考えてくれて! 私もその……凄い感謝してます!」
急なアドリブに朝比奈さんを巻き込んだせいで大分胡散臭くなってしまったが、当の本人はまんざらでもないようで「ふーん」と素っ気ない反応をしつつ、内心嬉しそうにしているのが頬の緩み具合からもわかった。ハルヒじゃなくてチョロヒだなもう。
「まぁいいわ。さっさと中に入ってちょうだい」
当たり前のように待たせたことに対しての謝罪がないハルヒに招かれ、俺たちはようやく慣れしたんだ文芸部の部室へと足を踏み入れることができた
のだが……そこには、以前コンピ研とPCゲームで対戦した時のように、パソコン、ディスプレイ、キーボード、マウスが人数分それぞれの机に物々しく設置されていた。
ちょっと待てハルヒ。この前「マンネリは回避する」って言ったよな。既視感バリバリの光景が目の前に広がっているんだが、一体これはどういうことなんだ?
「物事を表面でしか捉えられないのがアンタの悪いところね。もっとしっかり見なさい! 前回と違うところがあるでしょ!」
前回と違うところ? ……うーん。
古泉の前髪が6:4から若干7:3寄りになったくらいしかわからんぞ。
「あーもう鈍いわね! これよこれ!」
子供のように喚くハルヒの方を向いてみると、近未来かつ無駄にゴテゴテしたゴーグルのようなものを付けていて、そのマヌケな見た目に思わず噴き出しそうになってしまった。なんなんだそれは。目からビームでも出して遊ぶのか?
「VRゴーグルですね」
「さすが古泉くん! キョンはあとで反省文100枚提出してもらうわよ!」
「ヴ、ヴィーなんだって? あーもう一回言ってくれ」
「ブイ・アール、Virtual Realityの略称で、日本では仮想現実とも言われたりします」
「はえ~。それで、こんな物騒なモン一体何に使うんだ?」
「涼宮さんのように装着することで、まるで自分がゲームの世界にいるかのような視覚情報を得ることができるんです」
「私もこれ知ってます~。鶴屋さんのお家でちょっとだけやらせてもらったことがあります」
なんと朝比奈さんまで知っていたとは。
さすがに長門、お前は俺の仲間だよな?
俺の問いかけに対し長門は、それが身体の一部であるかのようにスムーズにゴーグルを装着してみせた。おいおい、ずいぶんと得意気だな長門。まるで「私は初心者じゃない。あなたと一緒にしないで」と言わんばかりじゃないか。
「有希君にはボクらが手掛けるVRゲームの開発を手伝ってもらっているんだ」
PCのセッティングなんてハルヒ一人じゃできないだろうからある程度予想はしていたが、やはり居たかコンピ研部長。谷口、国木田に続く準々レギュラー程度には顔なじみになってきたし、長門の相手をしてもらってる恩もある。傍若無人なハルヒに代わってしっかりと挨拶しておくか。と思い、部長の方を振り向いた瞬間――
『とある違和感』が目に飛び込んできた。
小さく華奢な身体。
片方だけ結って肩に乗せたボリューミーな三つ編みおさげ。
端正な顔と不釣合いな野暮ったいフレームのメガネ。
パソコン系の部活が文系か理系かはさておき、まさに絵に描いたような『文芸少女』が、部長の隣に慎ましくひっそりと佇んでいた。
コンピ研とSOS団は長門の件もあってか割りと頻繁に交流をしていて、俺もあちらの部室にはちょくちょく顔を出したことがある。しかし、彼女の姿を見たことは今の今まで一度たりともない。「一年の新入部員か?」と思ったが、上履きには二年生であることを示す青いラインが入っている。つまり俺たちと同級生ということだ。
考えられる可能性としては、友人もくしは……
「隅に置けないわよね~、こんなかわいい彼女がいるだなんて」
「なッ! 何を言い出すんだキミは!」
「またまた~、照れなくていいわよ~」
さすがエアーブレイカーハルヒ。
その無神経ぶりは今年もとどまる所を知らない。
「それにしても変ね。あなた私たちと同じ二年生みたいだけど、一度も見かけたことないわ」
さすが歩く地雷処理班ハルヒ。
芸能レポーターのように聞きにくいことをズバっと聞きやがった。
まぁそこは俺も気になっていた所ではあるが。
「たまたま見かけなかっただけかもしれないだろ」
「それはありえないわ」
「ずいぶんと自信たっぷりだな」
「だって私、団員をスカウトする時にチェックしたもの。少なくとも去年一年生だった生徒の顔と名前は、全員分ちゃんと頭の中に入ってるわ」
そういえば去年の今ごろ校舎を走り回っていたっけなぁコイツ……。それだけに今の言葉は決して誇張ではないだろうし、むしろ説得力がある。
しかし……この不気味な違和感は一体なんなんだ。
大変失礼ではあるが、彼女からは『生命力』や『精気』といった、人間らしさの根源のようなものがまったく感じ取ることができない。
それだけなら「ダウナー系の人なんだな」で終わっていただろう。そうならなかったのは、明確な意志をもって今この場に居るのだという、『芯の強さ』を感じることができたからだ。
相反する二つの要素を持ち合わせた部外者の存在が、本来詮索好きではない俺をここまで執着させていたのだ。
とはいえ……部長さんもあまり触れてほしくないみたいだし、このへんにしておくのが賢明だろう。よくよく考えると初対面の方に対して一方的に疑いをかける俺もどうかしている。鶴屋さんの件で朝比奈さんに咎められたばかりじゃないか。
せっかくこうして休みの日にみんなで集まったんだ。なにをやるのか知らんが、肩の力を抜いて楽しく過ごすことだけを考えればいい。
「か、彼女は! あ、いや、この場合の『彼女』は彼氏彼女という意味ではなくてだな……」
この話題を終わらせるため、無理やり一般的な高校生の思考回路に戻したのだが……タイミングが悪く、雰囲気に堪えかねた部長さんが自ら話を切り出してしまった。
「部長、落ち着いてください」
「すまない……」
部屋に入ってから初めて彼女の声を聞いたが、隣にいる機械人間みたいなやつが人間らしく思えてしまうほど、やはりそこに『生命力』は感じられなかった。
「私から話します」
「いや、しかし……」
「大丈夫です。私を信じて下さい」
そう言うと、彼女は部長の方を見て静かに微笑んだ。
今の表情はどこからどうみても普通の人間のそれだ。
「なんだやっぱり杞憂じゃないか」と思ったのも束の間、俺たちの方を振り向く彼女の顔は、また無機質で冷たい表情に戻っていた。二重人格のような切り替えの速さに、一瞬背筋がゾクリとして、唾が咽を駆け抜ける。
そして彼女は、誰を見るわけでもなく宙をぼんやりと眺めながら、一度会釈したあと、ゆっくりと静かな口調で自己紹介を始めた……。
「はじめまして。春の日に井戸の井、小さい雨と書きまして『
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