涼宮ハルヒの拡張

なこと

プロローグ




 楽しみにしていた連載漫画が不自然な最終回を迎えたり、お気に入りのお天気キャスターが人事異動になったり、「諸行無常は世の常」であることをいつも以上に感じやすいこの季節。


 俺はというと――そんな世間の荒波もどこへやら。

 心地よい陽気につつまれ、高校に入学して二回目の春を迎えようとしていた。


 未来人や超能力者、統合思念体はともかく、ハルヒのような学校を……いや、全宇宙を代表するトラブルメーカーとつるみながらよく無事に進級できたもんだと、自分で自分を褒めてやりたい気分だ。


 まぁハルヒの束縛も今後は少しだけ緩和されるだろう。

 なんせ今日から新学年の新学期。

 

 普通科は一学年6クラスあるので大幅なシャッフルが期待できる上、俺とハルヒは学園内で度重なる問題を起こしたコンビとして教師達に目をつけられている(俺の方は完全にとばっちりだけどな)。ここまで条件が揃えばW役満状態なのはサルでも分かるだろう。


 これフラグじゃないからな! 絶対に違うからな!



 ……。



 そこには、いつもと見慣れた風景があった。


「なんでまたあんたと一緒なのよ。それにあいつらも。まぁあんたって意外と肩幅あるから、授業中寝てても気付かれないからいいけど」


 俺としたことが不覚にもハルヒと思考がシンクロしてしまった。

 てか、俺はお前のメイン盾か。


 ハルヒが言う「あいつら」とは谷口と国木田のことで、クラスメートから席の割り振り、さらには備品が置いてある位置に至るまで、すべてが一年の時と同じだった。変わったことと言えば窓から見える景色くらいか。これがアニメだったら背景の使い回しができて製作会社的には楽なのだろうか。


 そんなメタな感想がでるくらい、俺はもうこの環境に慣れてしまっている。こいつにかかれば仏の理を捻じ曲げるくらい朝飯パクパクなのだ。ギミックボスを相手に真正面からやりあうほど俺も馬鹿じゃない。それはこの一年間で身を持って知った。


 ……。

 思えばハルヒと出会ってもう一年が経つのか。

 

 実際はもっと前に邂逅を済ませているが、あれは向こうが俺と認識してないからノーカンだろう。ハルヒのせいでひどい目に遭うこともたくさんあったが、この一年間楽しくなかったといえばそれはウソになる。


 少なくともこいつがいなければ長門や朝比奈さん、古なんとかと知り合うこともなかったわけだし、放課後に未来人のお茶をすするのも、超能力者とボードゲームをするのも、統合思念体を観察するのも、ある意味日々のルーティーンと化している。そして俺は「こんな学園生活も悪くないな」と、少しだけ思いはじめている。



 もちろん我がSOS団の団長様はそんな感傷に浸るわけでもなければ、二年生になったからといって落ち着くわけでもなく、


「今年は高校生活にも慣れて受験もないし、遊びまくるわよ~!」


 と更なるパワーアップを遂げ、部下たちを振り回す気満々でいらっしゃる。

 その底なしのバイタリティをエネルギーに流用して永久機関にできれば、世の中の争いも少しは減るだろうよ。


 ちなみに朝比奈さんは受験生なんだぞ。まぁ未来人のあの人が、はたしてこの時代で進学する必要があるのかは置いといてだな……。


 どうせなら『世界を!大いに遊びつくす!涼宮ハルヒの団!』に改名したらどうなんだ。ん? と、バレない程度に肩を竦めるが、ハルヒがそれを見逃してくれるはずもなく、


「なによキョン。言いたいことがあるなら言いなさいよ」

「……俺が部の活動方針に意見したとして、それが通る可能性はどれくらいだ」

「ゼロよ」

「……だろうな」


 こりゃ今年も抵抗するだけ無駄だな。

 まぁ機嫌を損ねても調子に乗らせても、何かしらの「問題」を起こすんだ。それならその時のためにリソースは温存しておいた方がいい。というのが部内での暗黙の了解になりつつある。


「ま、話くらいなら聞いてあげるわよ。一応部長なんだし」


 驚いた。ハルヒが善処しただと。

 これは何か悪いことが起きる前触れなのでは……?


 そんな胸騒ぎを感じつつも、目線をグランドの方に向け、少し照れくさそうにしてるハルヒがいじらしく思えて、俺も部員として本音をぶつけてみることにした。


「じゃあ遠慮なく言わせてもらうけどな、これ以上一体何をしたいっていうんだお前は?『やりたいことリスト』にあったやつは、あらかた一年生の内に片付けただろ。それともあれか? また遠出して野球か?」



 ちょうど一週間前。


 春休み期間中で暇を持て余したハルヒが突然、


「SOS団ファーストイヤーの集大成よ!」


 と、銘打って勝手に草野球の対外試合を組んできやがった。

 しかも他県のチームとだ。


 SOS団に鶴屋さん、谷口、国木田と、我が妹を加えたいつもの編成ガバガバナインは、早朝に新川さんと森さんが用意した中型バスに遠足気分で乗り込んだまではいいのだが……さすがに県を3つ以上跨ぐとは聞かされておらず、メンバーのほとんどが到着した時点で試合をする気力が残っていない状態だった。


 すべてこちらのせいであるにも関わらず、相手方のキャプテンらしき人物の提案により、その日は鶴屋さんがセッティングしてくれた娯楽型宿泊施設でゆっくりと身体を休め、翌日リフレッシュした状態での再戦に応じてくれることとなった。


 試合は前日の好意のお返しとして、向こうが気持ちよく勝てるよう長門にうまく「調整」してもらったが、それは点差が開きすぎて相手が萎えないようにするためであり、純粋な力量でいえばハッキリ言って試合を申し込んだのが大変失礼なくらい、両チームの戦力には歴然とした差があった。


 もちろん弱いのはこちら側だ。


 向こうは大人が三人ほど混ざっていたとはいえ、メンバーの男女比率はまったく一緒で、何の偶然か我が妹と同じくらい小さい女の子も試合に出ていたので、長門の出番はないと思っていたんだがな……。


 そういえばどことなく長門に似た雰囲気のやつもいたな。いや、長門みたいに小さくないし仲間ともよく喋ってたけど、普通の女子高生とは思えないくらい運動能力がズバ抜けていた。ありゃなんかの国体選手か?


 チーム名もなぜか『演劇部』だったし、もしかしたらSOS団と同じようなヘンテコな部が他県にも点在しているのかもと、知見が広がりなかなか有意義な遠征であったことは、悔しいが認めざるを得ないところだ。


 あと向こうの女性陣みんなフレンドリーでかわいかった。

 ここ重要。



「何鼻の下伸ばしてんのよ」


「つ、つまり俺が言いたいのはだな、別に無理して何かする必要はないんじゃないかってことだ。正直お前もネタが尽きてきた頃だろ。少しくらい羽休めというか、充電期間があってもいいんじゃないのか?」


「……失望したわ、キョン」


 空気がピンッと張り詰める。まずい。これは選択肢を間違えたか。

 このままではJust Haruhi...ルートまっしぐらだ。それはなんとしても避けたい。

 でないと初手ミスったことを後で古泉にグチグチ言われる。


「べつに俺はお前らと遊びたくないわけじゃないんだぞ。むしろいつも相手してくれてありがたいと思ってるくらいだ。それに――」


「私がそんな芸のない人間に見える?」


 あいからわずグランドの方を向いたままだが、頬の筋肉を弛緩させなんともいえない表情でドヤるハルヒ。その顔ちょっと面白いぞ。


「マンネリは常に回避するのが部長の務めってものよ」


 いや、お前はまずトラブルを回避する能力を身につけてくれ。

 そんな心の声が届くはずもなく、ハルヒはお馴染みの腕組ポーズをとり、目をキラキラと輝かせながら耳にゆでタコができる程聞いたセリフを言い放った。


「そういうことだから、今週末は予定空けておきなさい!」


 こうして変化もクソもない高校生活二年目が、いま華々しく幕を上げた。

 せめて何をするのか教えてくれ。


「それは当日までのお楽しみよ♪」


 ……やれやれ。











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