第26話

「なるほど、確かに事が事だけに奥さんひとりは手の打ちようがなかったかもしれませんね。

 ひとつお訊きしますが、娘さんから連絡がないことでお母さんとしては心配じゃなかったですか?」

 松永刑事は意味ありげな顔で、芳恵を見据える。

 すでに西日は部屋の隅に追いやられてしまった。

「それは、それは心配しました。それこそ毎日布団に入っても眠れないくらいでした」

「まあ、親御さんとしたらそうかもしれませんね。

 そういえば、この間お宅にお邪魔して2階の娘さんの部屋を見させてもらったときのことですが、このノート以外に娘さんが書き遺したものがまったく見当たらなかったのですが、何か心当たりでも?」

「いえ……おそらく、家を出るときに持って出たんじゃないでしょうか」

 芳恵は平然とした顔で答える。

「奥さんはそれを不思議とは思いませんでしたか?」

「どういうことでしょう?」

 芳恵は訊き返す。

「いやね、何かひとつくらい遺っていてもよさそうなものですが、それがまったく遺されてなかったんです。

 それと、筆記具というものがひとつもなかった……」

「やはり娘が持って行ったに違いありません」

「そうでしょうか? じゃあその全部をもって娘さんはどこに行かれたんですかね。おかしいと思いませんか?」

「……」

「奥さん、あのノートを書き仕上げるのに随分と時間がかかったのと違いますか?」

 松永は突然切り出した。

「えッ! 何のことです?」

 芳恵は目を丸くして大きな声で言った。

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