第24話 取調室(2)

 松永刑事がノートを読み終えたとき、酒井刑事が音を立てて部屋に入って来た。

「主任、北嶋芳恵きたじまよしえが出頭しました。第3取調室に通しましたから……」

 事務的な口調で伝える。

 北嶋芳恵は亜由珂の母親である。

「おう、そうか。いま行く」

 松永は老眼鏡を外し、重たそうに椅子から立ち上がると、2、3度首を廻してから部屋を出た。

 取調室には家路を急ぐ西日が伸び、ブラインドに切り取られた光が、幾何学的な模様を幾筋も拵えている。

 取調室では、北嶋芳恵がドアに向かって神妙な面持ちで坐っていた。

 部屋に入った松永刑事は、亜由珂の遺したノートと茶封筒を無造作にテーブルに置くと、

「お忙しいところ、わざわざ足を搬んでいただいて恐縮です。

 早速ですが、奥さんもご存知のように、ロサンゼルスのご主人から捜査願が提出されましたので、署のほうで各方面に手配しつつ捜査をいたしました」

「はい」

 芳恵は下を向いたまま、聞こえるか聞こえないかわからないような小さな声で返事をする。


 亜由珂の父親、北嶋圭一きたじまけいいちは現在M総合商社のロサンゼルス支店長として2年前から赴任している。

 営業報告を兼ねて帰国することはあるのだが、それも1年に1度あればいいほうだった。

 今回娘の捜査願を出したのは、遺されたノートの内容に納得のいかない点があり、妻に内緒で興信所に依頼をした結果から思い切った。

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