第20話 ノート page19
私はその場を逃げるようにして自分の部屋に行き、着替えるのも忘れてベッドに腰掛け、しばらく放心していました。
すると、彼の顔が目の前に浮かび上がってきて、私に微笑みかけてくれるのでした。
彼と一緒にいていちばん辛かったのは、彼に優しく抱かれているとき、ママのあの禍々しい光景が思い出されることでした。
必死で拭い去ろうとするのですが、もがけばもがくほど鮮烈になるので逆効果でした。
私は恨みました。
ママがあのようなことをしなければ、もっと幸せな気持になれたのに……。
いよいよ、パパとママに彼のことを正式に話さなければならないときが訪れました。
いままで私はママとの会話を極力さけてきました。
ところが今度ばかりは私のほうから話しかけなければなりません。
話をするのは別に構わなかったのですが、ことがことだけに何からどう話していいのかわかりませんでした。
勇気を振り絞ってママの前に行ったとき、鼓動が烈しく鳴っていたのをまだ昨日のことのように憶えています。
その日もやはりパパは家にいませんでした。
彼とのことを早く話したくて、とても帰って来るまで待てませんでした。
ママに話せば間違いなくパパに伝わると思いました。
そして私は思い切ってママに話しました。
好きな人を見つけてきたんだから、素直に喜んでもらえると確信していました。
ところがそうはいかなかったのです。
「亜由珂が男の人とお付き合いしていることはパパもママも知っていましたよ。
パパにそのことを話したら、亜由珂のことひどく心配してね、赴任先から何度も電話をしてきたことがあるわ。その人はどんな人かママ知らないけど、あなたはこの家の長女。その上一人っ子なんだから、そこんとこよおく考えなさい」
私はそれを訊いて目の前が真っ暗になり、彼のことを話す気力さえ失ってしまいました。
こんなことになるくらいなら、パパに直接話しをすればよかった。
電話番号くらいわかってるんだから……、と後悔しました。
私はママと2人っきりで家の中にいるのが辛くてたまらなくなり、サンダルを引っかけて外に跳び出しました。
初秋の闇に独り身を置き、自分自身に問いかけました。
ひんやりとした風が頬を掠めてゆくと、自分ひとりがおいてけぼりにされたようでとても悲しい気持になりました。
彼のことをとても忘れることができそうにありませんでした。
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