第11話 ノート page10

 玄関を出るときも「行ってらっしゃい、気をつけてね」と声をかけてくれたのですが、私はこくりと頷いただけで、何も言わずに家を出ました。

 本当は大はしゃぎしたいくらいの気持だったのですが、なぜかママの前でそんな私を見せるのが嫌でした。


 集合場所である駅の改札口に行くと、すでにみんなの顔が揃っていて、結局私がいちばんあとになってしまいました。

 みんなの顔はとても愉しそうでした。

 赤、白、黄色、ブルー。

 ジーンズにTシャツ。

 ショートパンツにヨットパーカー。

 みんな思い思いの服装にリュックを背負い、キャンプの目的地であるS湖に向けて出発しました。

 S湖までは列車とバスを利用して4時間ほどです。

 でも、最初はとても長い時間のように思われたのですが、

 みんなと話しながら騒ぎながらの旅行はあっと言う間に時間が流れてゆきました。

 当初の目的地はS湖ではなかったのですが、S湖は湖のほとりにキャンプ場があって、施設が整っているから初心者でも安心して愉しむことができる場所らしい、とメンバーの1人が言い出し、それに全員が賛成して決定したのです。

 憧れのキャンプ生活は、想像していたとおりすごく愉しいものでした。

 学校のとき毎日時間ぎりぎりまでベッドの中にいたこの私が、目醒まし時計もないのに早起きをして、みんなを起こして廻るなんて思いも寄らぬことです。

 早朝の湖はミルク色の靄にすっぽりと包まれ、その靄が湖面をゆっくりと刷くように渡ると、やがて鏡のような湖面を恥ずかしそうに見せはじめました。

 清々しい空気の中をみんなして散歩する気分は爽快そのものでした。

 小鳥たちの囀りに負けないほど賑やかなお喋りは、木々の間を擦り抜けるようにして林の奥へ吸い込まれて行ったのです。

 遥かに聳える山々。

 美しく澄んだ湖。

 絵に描いたような白樺の林。

 都会では味わうことの出来ない景色を前にして、小躍りしたいような気分にさせられたのは、私一人じゃなかったようです。

 受験を忘れて都会に背を向けた私たちは、心の隅まで醇化してしまう壮大な力を持った自然の中で、充実した3日間を過ごしたのです。

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