第7話 ノート page6

 いつも降りる駅のひとつ手前で下車した私は、泪をこらえながら記憶のないくらい彷徨さまよい続けたのです。

 このままどこかに行ってしまおうとも思いましたが、あまりにも突然のことにゆくあてもないまま歩き疲れ、気がつくと帰りたくない家に足が向いていました。

 夕方になって気を落ち着かせて家に戻ると、ママは何事もなかったように平然として私の帰りを迎えたのです。

 それを見たら余計に腹立たしくなり、とてもママと一緒に夕飯を食べる気持になれず、2階の自分の部屋に引きこもりました。

 単身赴任のパパがそのことに気づくまでには随分と時間がかかりました。

 なぜならば、パパは私の幼いときから出張が多く、中学に入ったときには単身赴任と、あまり家にいることがなかったからです。

 でも、悪いことはできないもので、何かの拍子に発覚してしまいました。

 それがどういう切っ掛けだったのか私は知りません。

 それ以来家の中には氷のように冷たい空気がいたるところにはびこり、精神的に不安定な年頃の私にとって辛くて暗澹あんたんとした毎日でした――。


 パパとママが仲直りしてくれたのは、その日から2ヶ月後でした。

 パパが私の気持を察して、十二分に話し合った末に寛容な気持でママを許したのです。

 それを聞いた私は目の前が急に明るくなって、まるで新しい太陽を独り占めしている気分でした。

 いま思い返してみると、そのとき自分自身の気持がどのようにしてもとに戻ったのか、どのような切っ掛けでもとに戻ったのか判然としません。

 とりあえず表面的には何事もなかったように取り繕うことができましたが、心の内側はそう簡単にはいきませんでした。

 自分の部屋にひとりでいると、あの禍々しい光景が嫌が上にも水に混じった油のように浮かび上がってくるのです。

 忘れようとすればするほど鮮明になって現れるのです。

 そのたびに、「大人になんかなりたくない!」と、何度もこぶしで机を叩きながら、心の中でそう叫びました。

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