第2話 卓上の輪廻

「カコンカコン」


無機質で何一つも面白みを見出せない音が永遠かのように繰り返される。卓上で白い球を機械のように何度何度も。何が面白くてやっているのだろうか。否。この練習を面白いなんて思っている部員などいないであろう。どのようなスポーツにおいても基礎練習というのはつまらないものだ。そんな基礎練習すら楽しいと思えるほど没入していける存在が平和の祭典で栄光のメダルを手にすることができるのだろう。私を含め公立中学校のなんちゃって運動部が朝練をしたところで地区大会ですらきっと優勝できない。それを分かっていても負けるのは悔しいし努力を否定する気にはなれない。もしかしたら、神様の悪戯で「もしかしたら」があるかもしれない。そんな淡く儚い女子中学生チックな考えを持った部員たちは今日も朝から励む。


私以外は・・・


「亜美先輩、今日も寝坊ですかぁ?」

「また夜更かしですかぁ?」


嫌味ったらしく後輩たちが私を責める。もちろん本気で言っているわけではない。しかし、それに乗じて思い出したかのように舞はまた説教を始める。それを見て後輩たちがニヤニヤしている。もはや恒例行事のようになった舞の私に対する公開説教は女子卓球部の微笑ましい名物と化していた。


「部長、亜美先輩が練習できなくなりますよ?」

「そうね、そろそろ練習始めましょうか。亜美。」

「ありがとう、天音ちゃん。鬼から救ってくれて・・・」

「亜美先輩・・・また怒られますよ・・・」

「いえ、いいのよ?しっかり実力で分からせてあげるから・・・」


私は心優しき後輩の天使がごとき天音ちゃんの助け舟を物の見事に台無しにしてしまった。熱気メラメラの県大会準優勝のスポーツマンを相手にした私はこの後の授業の殆どを寝て過ごすことになる事を予知した。


「カコンカコン」


無機質で何一つも面白みもないはずの基礎打ちをしても舞の打球音はどこか洗練されていた。しかしそれに対して私の打球音は朝私たちが練習する前から鳴り響いていた面白みのない無機質な音だ。舞の洗練された音を私の無機質な音で汚していく。そしてその音を舞が浄化する。どこか背徳感を覚えるこの輪廻を舞が満足するまで幾度も幾度も繰り返す。繰り返せば繰り返すほど舞の体を美しき露が彩る。男子がいれば一言で「エロい」と評すること間違いなしだ。いや、私から見ても惚れるほど舞の運動している姿は神々しい。もしかすると、私が見ているからなのかもしれないが。


「じゃ、実戦形式やっちゃいましょうか。誰かさんのせいで時間もないし」

「まだ言う?」

「今日一日中言われたくなければ私を満足させてね?」


舞は妖艶な笑みを浮かべ私を挑発した。県大会準優勝の相手に地方で敗退する私がかなうわけもないだろう。しかし、舞一人満足させられないのも癪だ。全身全霊で挑ませてもらおう。そう決意した私は一思いにサーブを打った。私の決め球はサーブと言って良いほどサーブには自信を持っていた。しかし、淡い期待も一瞬で消え去った。舞はいとも簡単に私の渾身のサーブを強打で返す。その後私にできることは舞のボールをカットで返すことだけ。恥ずかしながら私はカットマンだ。本来は恥ずかしがる必要もないのだが私はどうも自分のプレイスタイルを好きになれない。相手の失敗をただひたすらに待っているようで卑怯に感じるから。しかし、舞ほどの相手になると私がカットの回転を如何に工夫しても返し続けてくる。私がやさしく返した球を舞は的確に強打してくる。次第に私は舞にどうしようもなく追い込まれていく。徐々に優勢に立ったことを感じた舞は口元が上ずっていく。そうして舞は渾身のスマッシュで私にとどめを刺す。これを何度も繰り返す。今朝のラリーでは私は二回ほどしか勝利することはできなかった。でも私は何となく充足感を感じていた。


「お疲れ。亜美。はい、約束のサンドイッチ。」

「ありがとう。舞。」


気が付くと時は八時を回り練習は終わりの時間を迎えていた。私と舞のハードな練習は後輩たちにもやる気を伝播させたようで今朝の練習は女子卓球部全員にとって非常に有意義な時間となっていた。そして、私たちは約束通りサンドイッチを二人仲良く食べているのである。仲睦まじく。


「朝はごめんね?舞。」

「わかったよ、この件はもう怒ってない!」

「優しいよね。舞は。」

「そんなことないよ。私は亜美とただ卓球がしたいの。今日はできたから満足。」

「え?」

「やっぱ亜美との卓球は特別だよ。すごく楽しい。」

「そう・・・」


この時私の耳はゆでだこより真っ赤だった。だが、きっとそれは運動による体温上昇のせいだろう。私はそう思い込むことにして舞との食事をHRぎりぎりまで楽しむことにした。ちなみに舞に最後のサンドイッチをあーんしてもらった時には鼻血が出てしまった。何故だろう。



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