【10】櫻の根元を暴く兎神

 薫の家を出て、どこをどうして帰ってきたのか、よく覚えていない。

 李斗は、氷ノ山神社の長い階段を上り、鳥居をくぐり、境内の玉砂利を踏んだあたりで正気を取り戻した。

 日はすっかり落ち、点々と灯る電灯と灯籠が、本殿を闇の中に浮かび上がらせている。


 特売品はちゃんと買っていたから、近所のスーパーには行ったのだろう。胸ポケットには、レシートとスーパーのポイントカード。

 しっかりカードまで使っているのだから、習慣というのは恐ろしいものだ。


「ぼくは……」


 ――確かめなければ。


 社務所の玄関に、スクールバッグと弁当箱の入った風呂敷、買い物袋を置くと、下駄箱の上から懐中電灯を取り、外に出た。


 境内に植えられた数本の大きな桜。

 その中の一本を李斗は視界に入れる。

 見慣れているはずの木なのに、今夜は見るのが恐ろしい。


 胸が締め付けられる。


 ――確かめなければ。


 懐中電灯にスイッチを入れ、ゆっくりと桜の木に歩み寄る。

 一歩。また一歩。

 確かめなければ、という義務感と、見たくないという気持ちが足に絡んで重くなる。まるでぬかるみを歩いているような重さだ。


 五メートルほどにまで近づき、根元に恐る恐る光を当てる。


「う、うそ……だろ……」


 そこは、李斗が亡き婚約者、鏡華とその子供の亡骸を埋めた場所だった。

 だが――


「誰がこんなことを……」


 何者かによって、桜の根元は無残に掘り返され、遺骨を納めた壺は割られて地面に散らばっていた。


 背中に冷たいものが流れる。

 誰が、と問うてみたが、本当は分かっている。

 でも、知りたくはなかった。


 さらに周囲を照らしてみるが、壺の中に納められていたはずの骨は、一欠片も落ちてはいなかった。

 鏡華も。子供も。

 壺の破片以外には、ただ朽ちかけた副葬品が散らばるばかりだった。


「鏡華ァッ!! そんなに僕を想うなら、何故今まで姿を見せなかったんだ!!」

 李斗は桜を見上げて吠えた。


「何故僕を孤独にした? どうして?!」

 答えは返らない。聞こえるのは、木の葉擦れだけだった。


「……そうか。それがキミの罰なのか。

 村人を皆殺しにしただけでは満足出来なかった、そういうことなのか。

 確かに、キミを守れなかったのは僕の責任だ。だったら、どうして教えてくれなかった? どうして今ごろ僕を責めるのさ?!

 もっと償う方法がいくらでもあったはずなのに! どうしてさ!

 鏡華!! 答えろ鏡華!! いるんだろ!! 出てきてくれないか!! 鏡華!! 鏡華ああああッ!!」


 李斗は絶叫すると、その場に膝から崩れ落ちた。

 両の眼からは、とめどなく涙が溢れ、冷たい土を濡らした。

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