【9】放課後お仕置きタイム

「李斗、ゴミ捨て手伝って」

「ガッテン承知の助だよ、薫ちゃん!」


 放課後。掃除当番の薫は、下僕の李斗を伴って、校舎裏の焼却炉へと向かった。

 もちろん、ゴミ箱はぜーんぶ李斗が運んでいる。


「ところでさあ、なんで僕が一人で運んでるの?」

「お仕置きです。昼間私に恥かかせたでしょ!」

「薫ちゃん……意味がわかりません……」


 薫は立ち止まり、李斗をジロリと睨んだ。


「みんなの前でヘンなこと言ったら、マジ殺すからって言ったよね? それから、これ終わったらアイスおごってもらうから」

「あのー、ご馳走するのは構わないんだけど、一体僕が何を言ったってのさ?」

「このスットコドッコイ! 昼休み、男子たちに何言われたか本気でわかんないの? バカネギ頭! あいつら全員、あたしたちのことバカにしてたんだよ?」

 ズドン。

 李斗はその場にゴミ箱を落とした。

「な、なんだって……?」

 ゴゴゴ、と黒いオーラが吹きだした。

「どういう意味なのさ、薫ちゃん」

 兎神の目つきが変わった。

「ったくもう、私のこと愛してるだの護ってるだの、なんであいつらの前で言うわけ? おかげでいい恥さらしよ、まったく」

 鬼の形相から一転、李斗は頭頂部にいくつもの?マークを並べている。

「い、意味がわからないよ。本気でわからない……。なんでホントのこと言ったらいけないの? 最近の高校生はおかしくなっちゃったの?」

「おかしいのはあんたのネギ頭の方よ」

「だからあ、それとバカにされてたことって、どう関係があるのさ?」

「あああも――っ」

 薫の顔が、怒りと恥ずかしさで真っ赤になった。

「か、薫……ちゃん? あの……ごめん、えと……。もう人前で言わないようにするから、なんでバカにされてたのか、教えてくれない?」

「……私まえから、男おんなとか言われてたし、しょっちゅう男子をボコったりしてたし、そんなんだから急に彼氏が出来たとか知れたら、そりゃあ笑いものにもなるでしょうよ。あんただって、頭のおかしな物好きだって思われたわよ」

 李斗はぷるぷると怒りに震える薫の肩を抱き、普段とは違う落ち着いた声で、ゆっくりと言った。

「ふうむ……。僕の愛しい人をバカにするような連中には、相応の罰を与えないといけないなあ」

 冷静な口調とは裏腹に、黒いオーラは練り上げられ、黒曜石のナイフのように鋭くなり、黒く着色されたはずの双眸はザクロのように紅く光を放っていた。

 しかし薫からは死角になっていてソレを認めることは出来なかった。

 薫は一瞬、人ならざる者の気配を垣間見るが、

「あんたもでしょ。バカにされてたの」

 気のせいと切り捨てた。

「僕は別に。今は仮の姿なのだし。薫ちゃんの生活に支障が出なければ、特に構わないよ。それにどうせあの子たちは数十年で寿命を……、ん?」

「どうしたの?」

 李斗の視線の先を追うと、小さな池のそばに見慣れない女子生徒が佇んでいた。

 腰まである長い黒髪は、幾千もの絹糸を垂らしたかのように艶やかだった。

 射貫くような強い視線で李斗を睨んでいる。

『ごくり』

 李斗が生唾を飲み込む。

 薫は、肩に食い込む李斗の指に、異常事態であることを読み取った。

 李斗を睨む少女は、何か話しかけるでもなく、近寄って来る様子もなかった。

 ただ、突っ立って李斗を睨むばかりだった。

「だれ、あの子」

 李斗の耳元で囁いた。

「……知らない。さあ、行こう」

 李斗は足下に落としたゴミ箱を両手で抱え、足早に歩き出した。

(知らない、なんて絶対おかしい。でも、なんで私にウソつくんだろ……) 



 用事を済ませたふたりは、約束どおり駅前のアイスクリームショップにやってきた。その道中、薫はずっと、もやもやしながら李斗の様子をうかがっていた。


 ――普段どおりに戻ったようにも見えるけど、でも……どこかぎくしゃくしてる気がする。やっぱりさっきの女子って……


「はい、どーぞ」

 会計を済ませた李斗が、アイスを薫に差し出した。

「あー……、窓際のカウンター席しかないけど、いいよね李斗」

「僕はどこでも。薫ちゃんの隣なら♥」

「いちいちキモいこと言わないでよ」

「え~、だってホントだし……」

 こうして会話していると、普段の李斗な気がするけど、少し顔色が悪くなった気もする。思い切ってさっきのこと聞いてみるべきか……。

 薫はカウンターに腰を落ち着け、アイスを平らげると、黒髪の少女の話を切り出せないまま、ダラダラと下らない会話を続けていた。


「あ……あぁッ……ど、どうして」


 李斗が急にガタガタと震えだした。ガラス越しに道路の向こう側を凝視している。

 恐る恐る彼の視線の先を辿ると、さっきの黒髪の少女がこちらを睨んでいた。

「あの子! やっぱり!」

 たださっきと違うのは、薫と同じ制服ではなく、着物姿だったことだ。

 ギッ、とにらみ、こちらを指さしている。

「あ……そんな……そんな馬鹿な……」

 よほど恐ろしいのか、李斗は椅子から転げ落ち、床の上で震え上がっている。

「あたし、つかまえてやる!」

 薫は勢いよく店を飛び出したが、赤信号で足止めされてしまった。

 黒髪の少女は薫を見ると、すっと手を下ろし、にやりと嗤った。

「ああああ~~~~~、もう! 信号はやく変われえええっ」

 青信号と同時に飛び出した薫は、雄叫びを上げながら、対岸から渡ってくる人並みに頭から突っ込み、通行人を容赦なくかきわけ、あの少女めがけて真っ直ぐ走った。

 薫は勢いを殺すことなく、黒髪の少女に接近し、手を伸ばした。


「あんたねええええッ!!」

 触れられると思った、

 その瞬間。


「――うそ」

 目の前の少女は、たくさんの花びらとなって、夕闇の街に散ってしまった。



                  ☆



「ねえ……。なんだったの、あれ」

 店に戻った薫は、真っ青な顔で出迎えた李斗に訊いた。

「ありえない……」

「ったく、ありえないものに出くわしっぱなしなのはこっちよ。あれは誰なの?」

 李斗は答えない。

 ただ、スクールバッグを抱えて震えるだけだった。

「しょうがないなあ……。じゃ、うちおいでよ」

「……これから?」

「お母さん、夜勤だし。怖いんでしょ?」

「……うん」

 李斗の泣きそうな顔が、すこしだけほころんだ。


                 

「落ち着いた?」

 李斗はソファの上で膝を抱えて、顔をうずめて小さくなっている。

 薫の自宅に連れて来られた彼は、出されたお茶に手も付けず、じっと固まっていた。

「ごめんね……」

 少しだけ顔を上げて、李斗が呟いた。

 畏れとも悲しみとも取れるような表情だった。

「大丈夫? あの幽霊、そんなに怖いものなの? その……李斗は神様なのに」

「神だって怖いもんくらいあるよ……。感情があるんだから」

 それだけ言うと、また顔を膝にうずめた。

「幽霊に心当たりは?」

「……」

「言いたくないことなら、いいよ別に」

「ごめん……ごめんね……」

 そう言う李斗の声はかすれ、消えそうだった。

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