第四十一話 「ザンデの戦い(二)」

 魔人ドリュウガが空高く吹き飛んでいる。身に着けていた甲冑がバラバラに剥がれ落ち、雨のように降り注いだ。

「魔術か」

 グシオンが言った。

「その通り。我がクライム家は代々魔術師の血の家系。俺も剣に目覚めるまでの間は一流の魔術師を目指していた」

 ザンデが応じた。

「え? そうなの? アタシ、魔術の練習なんか一回もしなかったよ。親戚のおじさん、おばさん達も特に教えてくれなかったし」

 ライナが言った。

 麻呂はその事情を知っていた。それはライナにクライム家との血の繋がりが無いからだ。

「それが奥の手か」

 魔人ドリュウガが起き上がりながら言った。

「俺を誘引させ、最大の至近距離で爆炎魔術を起こさせる。だが、無駄だったな、貴様の奥の手がやったのは甲冑だけだ」

 ドリュウガが笑い声を上げた。

「行くぞ!」

 ドリュウガが残像を残し突進した。

 ザンデは避ける様子もなく剣を掲げた。

 と、地面が牙のように隆起し突き進み、ドリュウガを弾き飛ばした。

「おのれ、得物で打ち合う覚悟は無いのか!? 臆病者め!」

 ドリュウガが言った時だった。今度はザンデが残像を残し魔人の目の前に迫っていた。

「ぬおっ!?」

 気後れして振り下ろされた戦斧はザンデの影を斬った。

 ザンデの姿はその背後にあった。

 再び爆炎が炸裂し、魔人は宙を舞い、甲冑が破られた。

「これで丸裸も同然だな。ライナの馬鹿力でなくとも、俺の剣でも斬れるようになったわけだ」

 ザンデが言った。

 ドリュウガは立ち上がった。その鍛えこまれた灰色の身体からはもうもうと煙が立ち上っている。

 ザンデは左手を向け、稲妻を発射した。

 ドリュウガは辛くも避けて戦斧を構える。

「魔術の数だけ奥の手があるか」

 麻呂の傍らでグシオンが言った。

「小癪な手を使いおって! やはり貴様らは卑怯者だ!」

 魔人ドリュウガが叫ぶ。

「そうだな、鎧も引っぺがしたし、そろそろ剣で相手してやっても良いだろう」

 ザンデが悠然と歩きながら言った。

「兄貴! それは無茶だよ!」

 ライナが声を上げる。

「そうこなくては! 脆弱な魔術師めが、貴様など、我が戦斧が一両断にしてくれるわ!」

 魔人ドリュウガが残像を残しザンデの前に現れる。振り下ろされた戦斧をザンデは片手剣を両手で握って受け止めた。

「いつまで持つかな?」

 高笑いしながら戦斧を押し込むドリュウガだったが、その笑いが消えた。

「な、何だと!?」

 その言葉通りだった。ザンデが押している。

 麻呂もライナ達も驚いたが、グシオンが冷静な顔で言った。

「力強化の魔術だろう。先程の動きも移動速度を上げる魔術で強化していたというわけだ」

「お、おのれが!」

 ドリュウガは戦斧を振るう。剣とぶつかる。そのまま両者は激しい打ち合いを演じた。

 ザンデが一旦離れる。と、ドリュウガが追撃に出ようとしたが、前につんのめるようにして地面に両手を着いた。

 見て麻呂達は驚いた。魔人ドリュウガの両脚は地面に氷漬けにされていたからだ。

「貴様、いつに間に!?」

 ドリュウガが驚愕しながら言った。

 立ち上る冷気を見て、ザンデは安心したかのように荒い呼吸を繰り返した。

「兄貴、やっぱり体力ない!」

 どこか軽い口調で呆れる様にライナが言った。どうやら、ザンデを不安に思う心も晴れてきたようだ。

「ザンデ様! 頑張って下さい!」

 リシェルが声援を投げ掛けるとザンデは魔人と向き合った。

「どうだ二流魔人、俺の奥の手の凄さが分かったか?」

 ザンデは剣先を向けながら言ったが、魔人は姿勢を保ち、戦斧を振るって剣と打ち合った。

「貴様は既に疲労困憊。俺は脚の自由は利かねど、この首は簡単にはやらぬぞ! こうなれば貴様が体力を失うか、俺の脚の氷が溶けるか、どちらが先か勝負だ!」

「良いだろう、打ち合ってやる」

 再び壮絶な刃の応酬が始まった。鉄と鉄がぶつかり合い火花を散らす。

 ザンデの攻撃が止んだ。彼は肩を上下させ呼吸を整えている。

「体力が尽きたか! 俺の勝ちだ!」

 魔人ドリュウガが戦斧を振り下ろした時、真っ赤な剣閃が走り斧の刃にめり込んだ。

「なにっ!?」

 魔人が驚きの声を上げる。

 ザンデの剣が斧の刃を煙を上げながら引き裂いている。ドワーフのグラッツが打った最上の片手剣、その刀身は紅蓮の炎を帯びていた。

 麻呂とライナが驚きの声を漏らすと、グシオンが言った。

「剣に炎の魔術を付加させたのだ」

 戦斧は真っ二つに分断された。

「まだだ!」

 魔人ドリュウガは残った長柄だけを振り回し突き出してくるが、炎の剣の前に次々溶かし斬られるだけだった。

 そうしてついに魔人の手に得物は無くなった。だが、魔人は笑って言った。

「こうなればディアブロ様の臣下として誇り高く死んでやる!」

「良いだろう。誇り高く送ってやる」

 ザンデが剣を構えた時だった。

 その間に突如として影が割り込み、ザンデに鋭い突きを喰らわせた。

「ちいっ!?」

 ザンデは辛うじて避け、剣で再び繰り出された刃を受け止めた。

 麻呂は見た。そこにいたのは魔人ディアブロだった。

「ドリュウガ、死ぬには早すぎるぞ」

 魔人ディアブロはそう言った。

 状況が一変し、麻呂達は慌ててザンデに合流した。

「そうか、これが俺を殺さんとする新しい円卓の騎士の顔触れか。眩しいな」

 ディアブロが言った。

「ディアブロ様、何故、俺、いや、私などのために」

 魔人ドリュウガが尋ねると、ディアブロは言った。

「あれほど俺を慕っていたブランシュをみすみす失った。それを俺は後悔している。物凄くな」

「ディアブロ様……」

「お前が脱出できるまで時間を稼いでやる」

 ディアブロは短槍を手にこちらを振り返った。

「新たな円卓の騎士ども、相手をしてやる」

 ディアブロが躍り掛かって来た。

 武骨なだけの鉄の槍がライナのキルケーとぶつかる。

「のこのこ出て来るとは手間が省けたわね。ここでアンタを殺せばエルヘの人達にも平和が!」

「そうだな、見事やってみせろ」

 ライナとディアブロは壮絶な打ち合いを始めた。

 するとディアブロは飛翔し、ライナの背後に降り立った。

「こぉんのぉ!」

 ライナが振り返り一刀両断にしたが、それは影だった。本物は麻呂の方へと向かって来ていた。

「また会ったな、阿保面」

 ディアブロが一撃を放つ。麻呂も刀を鞘走らせて一撃を受け止めた。

 このまま打ち合いになってしまっては、麻呂の手が痺れるだけだったが、応じないわけにもいかなかった。

 凄まじい突きと斬撃を麻呂は幾度も鞘から刀を抜き放ち受け止めた。

 するとライナがディアブロの背後に忍びより、大上段に大剣を構えた。

 だが振り下ろされた刃は空を切り、麻呂の刃と打ち合っていた。

 ディアブロは今度はリシェルと剣を交え、助勢に入ったザンデを軽々と蹴りつけて、グシオンとぶつかりあった。

 その時だった。

「ディアブロ様!」

 魔人ドリュウガが鬼面の下で声を上げた。見れば脚を封じていた氷から脱出していた。

「よし、退くぞ、ドリュウガ!」

「はっ! 貴様、次こそは必ず顔の恨みを晴らしてやる。それまで首を洗って待っていろ」

 ドリュウガはザンデを指し示して言った。

 そうして魔人主従は高々と後ろ向きに跳躍を繰り返し、森の中へと飛び込んで行った。

「ああ、また逃がしたか」

 ライナが悔しげに言った。

「あれがディアブロか」

 ザンデが荒い呼吸を繰り返しながら言った。もはや完全に疲労困憊の様子だった。

「素早い上に力がありますね」

 リシェルが言った。

「技もな」

 ザンデが言った。

 するとリシェルがザンデの方へ駆け寄って行った。

「ザンデ様、ありがとうございました。私などのために危険な一騎討ちを」

「ああ」

 ザンデは疲労した顔に笑みを浮かべた。

「こいつの礼だ」

 ザンデはハンカチを差し出した。

 リシェルはハンカチを受け取った。

「汚れたままでわりぃが……」

「そんなこと気になさら無いで下さい」

 一時の間を置いてリシェルは尋ねた。

「ザンデ様、あの……」

「ん?」

「どうして、私を敵の恨みから庇ってくれたのですか?」

 するとザンデは少々顔を赤くして息の整わない口調で言った。

「まぁ、その、あれだ。見たろ、俺には魔術があった。だから勝てると踏んだんだよ。実際、勝ったも同然だったしな」

 ザンデはぎこちなく笑うと、グシオンが歩み寄りザンデの手とリシェルの手を掴んで重ね合わせた。

 二人は顔を真っ赤にしていた。

「グシオン!」

「グシオンさん!?」

 ザンデが抗議するように、リシェルが驚いたように言うとグシオンは応じた。

「ディアブロの脅威を目にしたのだろう? 奴の尋常ではない殺気を身体で感じたのだろう? いつ死ぬかもわからんのだ。お互いわだかまりがあるなら早いうちにはっきりさせておいた方が良い。あとは着実に互いの思いを重ね合わせ繋げてゆくことだ」

 なるほど、と、麻呂は思った。ザンデとリシェルは好き合っているのかもしれない。

「手と手を合わせて、グシオンのヤツあれ何やってるんだろう? 楽しそうだしアタシも混ざって良いのかな」

 ライナが不思議そうにそう言った。

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