第四十話 「ザンデの戦い(一)」

 二日、森を歩き続けた。と、奇妙な場所に辿り着いた。

 草藪は乱雑に刈られ、木々は分断され根っこから放り出されていたのだ。

 あまりの不自然さに一同が戸惑っていると、向こう側から見覚えのある男が歩んで来た。

「ここは我が恨みを晴らす言わば闘技場だ」

 魔人ドリュウガは昨日と同じ金の縁取りのされた黒い鎧を着ていたが、顔には金色の鬼面を被っていた。

「出たわね、魔人何とか!」

 ライナが言うと相手は戦斧を振るい襲い掛かって来た。

「皆、構えるでおじゃる!」

「遅い!」

 麻呂の居合を弾き返し、グシオンを跳ね飛ばし、ライナとザンデの一撃を潜り抜ける。

 魔人はリシェルの背後に回り込み羽交い絞めにし、首元に戦斧の刃を突き付けた。

「リシェル!」

 ザンデが声を上げると、魔人は更に刃をリシェルの首元に近付けた。

「動くな!」

「アンタ、卑怯よ!」

 ライナが声を上げると、魔人ドリュウガは言った。

「卑怯だと? 俺一人を相手に多数で仕掛けようとするお前達こそ卑怯では無いのか?」

 魔人が言うと麻呂は何も言い返せなかった。

「不覚でした。皆さん、私の事は構わずに、どうかこの魔人を御斬りになられて下さい」

 リシェルが言った。

「そんなことできるわけないでしょう! リシェルは私の友達で仲間なんだから!」

 ライナが再び声を上げる。

「ライナさん……」

「何が狙いだ?」

 グシオンが魔人に向かって尋ねる。

 魔人は鬼面の下で含み笑いを漏らすと言った。

「俺と一対一の勝負をしろ。そう誓約すればこの女は解放してやる」

「良いわよ。アタシが」

 ライナが進み出ようとするとそれを手で制する者がいた。

 紫色の髪をし、黒い外套をはためかせ、ザンデはドワーフ製の剣を構えた。

「俺がやる。奴の怨恨は俺が引き受けると決めた」

 するとライナが反対した。

「兄貴じゃ駄目だよ。体力無いし、力だって相手の方が上なんだから」

 ライナが説得するように言うと、ザンデは反論した。

「お前の言う通りだが、俺だって何の手立ても無しにこの野郎に挑むわけじゃないぜ」

 ザンデは自信ありげに笑みを浮かべた。そして再び表情を引き締めると言った。

「リシェルを解放しろ! まず俺が一対一でお前との決闘を受けてやる!」

「その言葉に偽りは無いか?」

「無い。みんな、情けないところを見せるかもしれねぇが、手出し無用だぞ。返事してくれ」

「分かった。愛の力に賭けてみよう」

 グシオンが落ち着いた声で即答する。

「ザンデ、本当に大丈夫なのでおじゃるか?」

 麻呂が尋ねるとザンデは頷いた。

「お前達は俺よりも力も技も優れている。一対一で剣だけで奴とやるなら俺よりもお前達の誰かが挑んだ方が勝率は高いだろう。だが、それでも力は少なくとも向こうの方が上だ。勝負は見えている。けどよ、俺にはお前達には無い奥の手がある。こいつを使えば勝率は俺の方が上だ。麻呂、俺を信じてくれ」

 ザンデの言葉に麻呂は頷いた。確かに彼の言う通り、一対一でやれば力では敵の方に圧倒的に分がある。あのディアブロを相手にしたような膂力の持ち主だ。しかし、ザンデに奥の手があるというのなら話は別だ。麻呂は友人を、仲間を信じ、賭けた。

「分かったでおじゃる」

「ありがとよ」

「ちょっと待って! 兄貴、やっぱり兄貴じゃ勝てないよ! 奥の手って何さ? それが通用しなかったら、兄貴確実に殺されちゃうんだよ!」

 ライナが取り乱すようにして言うとザンデは笑った。

「奥の手は奥の手だ。すぐに分かるさ。それによ、リシェルのために死ねるのなら本望だ」

 ザンデが言った。

「ザンデ様……」

 リシェルが言うと、ザンデは不敵に笑った。

「言ってくれ、ライナ。ここは俺に任せるって。大丈夫だ。幸い力だけの二流相手なら何とかなる」

 だが、ライナは煮え切らない様子だった。

 麻呂はライナの傍らに歩み寄り諭した。

「この間の戦いでも分かったでおじゃる。あの魔人の力はいつぞやのディアブロに比肩するでおじゃる。いくらライナがこの円卓の騎士の中で一番の力の持ち主だとしても、力と力では相手の方に分があるでおじゃる。ならば、ここはザンデの秘める奥の手に賭けるのが、本人の申す通り一番勝つ望みがあるでおじゃるよ」

 ライナは麻呂を見て、ザンデを振り返る。

「分かった。兄貴の奥の手に賭けてみるよ」

 ライナが言うとザンデは頷いた。

「決まりだ。魔人何とか、俺がお前の決闘を受けてやるぜ」

 ザンデが進み出る。

「良いだろう。この娘は解放してやる」

 魔人ドリュウガはリシェルを放り出し、歩み始めた。

「ザンデ様!」

 リシェルが声を上げる。

「大丈夫だ。俺が勝つ」

 ザンデがそう言って未だに己の手に縛られているリシェルのハンカチに触れるのを麻呂は見た。

 両者は間合いを取り、得物を手に睨み合った。

「喰らえっ!」

 魔人ドリュウガの咆哮が響き渡り、その姿がザンデの頭上高くにあった。

 ザンデは避ける。と、敵の戦斧は大地を穿つや薙ぎ払われる。ザンデは避け続け後退に後退を重ねる。

「兄貴!」

「ザンデ様!」

 ライナとリシェルが声を上げる。

 戦斧が風切り音を上げる。

「我が怨恨を一手に引き受けた時は、多少期待したが、結局は逃げてばかりか!」

 ザンデは言い返さずただ後退して避ける。

「つまらん奴だ! 実につまらん戦いだ! 口だけか! 失望したぞ!」

 戦斧が唸りを上げてザンデ目掛けて目にも止まらぬ速さで襲うが、相変わらずザンデは後退に後退を重ねていた。

「もういい、一気に片を付けてやる。死ね!」

 魔人が残像を残し一気にザンデの胸元まで迫った。

 戦斧は既に振り下ろされていた。

「兄貴!」

「ザンデ様!」

 ライナとリシェルが同時に叫ぶ。

 麻呂も危ぶんだ。

「喰らえ!」

 ザンデの声が轟いた。

 爆炎が巻き起こり、魔人ドリュウガが吹き飛んでいた。

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