第三十九話 「第二の刺客」
神殿を過ぎると、野に放たれたモクジンとセキジンとの遭遇率が目に見えて上がった。
例え一撃で斃せる相手だとしても、人形とは思えない、正確無比の一撃には注意しなければならなかった。
木っ端と石ころに成り果てた敵を見て一同は一息吐いた。
油断したザンデが手に浅い傷を負い、それをリシェルが甲斐甲斐しく止血し包帯代わりのハンカチを捲いている。
「終わりましたよ」
「あ、ああ、ありがとよ」
リシェルが言い、微笑むと、ザンデは戸惑うような様子を見せながらも礼を述べた。
「また一歩進んだか」
グシオンのつぶやきが聴こえたが、麻呂にはその意味は分からなかった。
その後は日暮れまで進み、野宿の準備をする。
薄闇に覆われるころ、五人は焚火を囲って、砥石でそれぞれの得物の刃を磨いていた。
麻呂はこの間に流れる空気が穏やかで落ち着いてとても好きだった。
そして保存食を少し食べ、雑談をしながらくじ引きで見張りの順番を決める。
三交代のため、運の良い二人は見張りをせずにずっと寝ていて良いことになる。
傷を刻んだ細い棒切れを引いたのは、麻呂とグシオンとリシェルだった。
その三人が話し合い、グシオン、リシェル、麻呂の順番に見張ることになった。
麻呂は眠っていたのだが、不意に目が覚めた。
耳に聴こえるのは、リシェルのはにかむ様な綺麗な抑え気味の笑い声と、冗談と雑談とを語るザンデの声だった。
良い雰囲気だったので邪魔するのも悪く思い、麻呂は起き上がることなく、そのまま見張りまで再度眠りに付いたのだった。
二
侘しい朝飯を終えると一行は木々に刻まれた真一文字の痕を追い進んだ。
麻呂とライナが先を行き、かつてレイチェルがそうしたように皆を先導した。
そうして草藪を掻き分けた時だった。このような密林には珍しく少々開けた場所に出た。
そしてそこには何者かが佇立していた。
「待っていたぞ」
相手はそう言った。黒に金の縁取りのある鎧に身を包み、金色のはちがねをしている。
露出している顔は灰色だった。
「魔人!?」
麻呂は驚き居合の体勢を取った。他の面々も武器を構える。
「そうだ、魔人だ。我が名はドリュウガ。今度の円卓の騎士は見たところ若輩ばかりだな。だが、手加減はせん」
相手は言った。
「手加減なんかしてみなさいよ。アンタの首が身体から離れるだけだよ」
ライナがキルケーを構えながら言った。
「威勢の良い女だ。お前がブランシュの言っていたじゃじゃ馬娘だな」
「誰が、じゃじゃ馬よ」
ライナが言い返す。と、黒い外套を翻してザンデが前に飛び出した。
同時に魔人ドリュウガの姿が眼前に現れた。
「甘いぜ」
「ほう、俺の動きを読んだか」
言葉と同時に剣と戦斧がぶつかり合う。
ザンデと魔人は得物で打ち合った。
だが、ザンデの方が相手の膂力に押されていた。
グシオンが脇から加勢に躍り出たが、魔人はザンデを吹き飛ばし、そのまま流れる様にグシオンの斧槍を武器で受け止めた。
しかし、両者の力の差は歴然としていた。競り合いに持っていったグシオンだが、その身体は押され始めていた。
「グシオン代わるでおじゃる!」
今度は麻呂が飛び出した。
麻呂の居合を、魔人ドリュウガは受け止める。
麻呂は幾度も、必殺の一撃を鞘走らせたが、魔人は全て得物で受け止めていた。魔人ブランシュとは違い、相手は強かった。
麻呂もまた相手の膂力に良いように翻弄されていた。相手の振るう戦斧もまた巨大なもので、勇者の火山で目にした大地に突き立った太刀を彷彿とさせた。
手がしびれてきている。麻呂は命を掠め取ろうとする重い刃を下がっては避け、下がっては避けた。
反撃の余地が無い。
その背が背後の木に触れた。
「後が無くなったな。最初の首級はお前のものをいただく!」
その時、魔人の背後に躍り出る二つの影があった。
ライナとリシェルだった。
「多勢に無勢で卑怯かもしれないけど、誰も欠けるわけにはいかないのよ!」
ライナがキルケーを振るう。
魔人と競り合い、ライナが押していた。
「どうよ、ライナちゃんの力は!」
「ならば、こちらも本気で行くぞ!」
そう宣言した瞬間、今度はライナの方が押され始めた。
そして打ち合いが始まった。
戦斧と大剣がぶつかりあい、甲高い音を木霊させる。
と、ライナが脇に飛び退いた。
「ユースアルク!」
リシェルが片手剣を振るう。
エルフの打った片手剣から、炎が飛び出し、魔人ドリュウガの顔に命中し炎上し始めた。
「くっ、おのれ、小癪な手を!」
魔人ドリュウガはライナを弾き飛ばし、咆哮を上げてリシェル目掛けて突進した。
憎悪力の宿った戦斧が彼女を襲うと思ったが、間にザンデが割って入り、その一撃を片手剣を両手で握って受け止めた。
「ぬうううっ!」
「ちいっ!」
両者の競り合いが始めるがザンデの身体が徐々に沈んでゆく。魔人の顔は依然として炎に焼かれたままだった。
すると魔人が後退した。ライナと、麻呂はここぞとばかりに追撃を掛けるが刃は及ばなかった。そして横合いから迫っていたグシオンの一撃を魔人は蹴り飛ばした。
「女、我が顔を焼いた罪は高くつくぞ!」
ドリュウガは片手で未だ燃え上がる顔を抑えながら戦斧でリシェルを指し示した。
その間にザンデが割って入って剣の切っ先を向けた。
「その罪は俺が被ってやる。いつでも挑んで来い、二流魔人!」
「若造共が、群れて吠えおって! 一人ずつ、このドリュウガが殺してやる! その恐怖に怯え震えて待つがいいわ!」
魔人ドリュウガはそう言うと姿を消した。
一同はしばらく警戒したが、今は再び襲ってくる心配は無いとして、得物を下ろした。
「正直、侮れない相手だね。五人で挑んで精一杯だった」
ライナが言った。
「その通りでおじゃるな」
麻呂は頷いた。刀を握っていた右手は未だに相手の膂力のせいで痺れが残っている。いつぞやのディアブロを相手にした気分だった。
「ザンデ様、申し訳ございません。私の代わりに敵の怨恨をその身で引き受けて下さって」
リシェルが暗い顔で言ったが、ザンデは笑い飛ばした。
「そのぐらい気にするなよ。いざとなれば、俺にも手の内はある。だから心配するな」
「ザンデ様……」
申し訳なさそうな、あるいは感動しているような表情で銀髪の戦乙女リシェルはザンデを見ていた。
「また一歩……か」
グシオンがそう呟いたのが麻呂には聴こえたのだった。
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