第三十三話 「見張り台」

 森に跋扈するモクジン、セキジンを斃しつつ、麻呂達は、木々の示す目印を頼りに足を進めていた。

 もう二日は歩いただろうか。しつこそうな魔人ブランシュは姿を見せなかった。

 だが、平和というわけではなさそうだ。森には小鳥も夜鷹の声すらもなかった。

 森の生き物達も異変を察して逃げたのだろうか。

 平坦な道が続いたが、陽が傾いて来た頃、前方は急な丘に変化していた。

「今日は麓で夜明かししましょうか? それとも上まで登ってみる?」

 先頭を行くレイチェルが尋ねた。

 麻呂は目をこらし、木々に刻まれた真一文字の印が丘の上まで続いているのを確認した。

「まだ夜までは時間ありそうですし、上まで登っちゃいませんか?」

 疲れた様子もなくライナが鼓舞するように言った。そして麻呂を見る。

「麻呂は特に異存は無いでおじゃる」

 そう告げると、レイチェルは頷き、麻呂とライナはその後に従った。

 どうにか日暮れ前に丘を登りきると、そこは開けた場所になっていて木々など視界を遮るものは無かった。

 不審なものといえば、苔生した石造りの家があったことだった。

 誰かいるのだろうか。

 麻呂達は家を訪ねたが返事が無い。木製のドアに手を掛けると鍵がかかっていなかった。

「ごめんくださいでおじゃる」

 麻呂が先頭で家の中に踏み込んだ。

 薄暗い家の中は寝台が三つとテーブル、そして椅子が六つあった。

 人が生活していたらしいが、今はその気配がない。遠くに出ているのだろうか。それにしても椅子の数から思ったよりも、ここには多くの人間がいるようだと麻呂達は意見を固めた。

 裏手には物置小屋のようなものがあったが、こちらは頑丈な錠前と鎖とで施錠されていた。無論、無理に開錠しようとは思わなかった。

 それじゃあ、今日はここまでということで結局三人は外に腰を下ろした。開けた台地の中心である。

 その時、暗くなりかけた周囲がパッと明るくなった。

 見れば何時の間にやら籠に入った篝火が各方面に焚かれている。

 麻呂達が驚いていると不意に声を掛けられた。

「ようこそエルヘの見張り台へ」

 麻呂達は再び驚愕して辺りを振り返った。

 六人の男達がいた。皮鎧を着、腰にはそれぞれ得物を差している。

 老いも若きもあるが、六人とも言葉通り歓迎するように穏やかな笑み浮かべていた。

「お待ちしておりましたぞ、円卓の騎士に選ばれし方々よ」

 一番初老の男がそう言った。初老と言っても背筋は伸び、良い体をつきをしていた。

「あなた方は一体?」

 レイチェルが驚愕を抑えきれない様子で尋ねた。

「我々はこの見張り台の番人を仰せつかった者。我が名はエグダートと申します」

 初老の男が丁寧にそう名乗った。他の番兵達は笑みを絶やさず頷くだけだった。

「私はレイチェルと申します。こちらが麻呂君と、ライナちゃんです」

「よろしくでおじゃる」

「ライナです」

 二人も挨拶をしたが、ライナが尋ねた。

「どうしてアタシ達が円卓の騎士に選ばれたことを知ってるんですか?」

 エグダートは今度は豪快に笑い声を上げた。

「この道の先にあるのは円卓の神殿と、魔人ディアブロの住む迷宮のみ。あなた方がこの道を行かれるということは、長老より、ディアブロ討伐を頼まれた証。ディアブロを斃せるのは円卓の騎士の力のみ。以上の事から私達はあなた方が円卓の騎士に選ばれたのだと推察したまでです」

「なるほどね」

 ライナが頷いた。

 すると若い番兵が自分の首にぶら下げていた鍵を見せた。

「これは裏の食糧庫の鍵です。旅立つあなた方へ送ることしました。ですので出立する際、中の物は遠慮なく全て持って行って下さい」

 何か気になる言い方だと麻呂は思った。明日、番兵達が倉庫を開けてくれれば済むことなのに、わざわざ鍵を見せ付けて、それを明日の朝、こちらで勝手に使えと言っているように聴こえる。いや、実際その通りだ。

 すると他の番兵達が手に手に食料を運んできた。

「おおっ! そ、それはもしや!」

 ライナが一際大きな声を上げる。別の番兵が酒樽を担いできていた。

「ささやかですが、円卓の神殿へ行かれる皆様を上座に据えて今宵は明日の旅立ちと魔人ディアブロ討伐に行かれる祝宴を上げさせていただきます」

 初老のエグダートが言った。

 食料は保存食だったが、酒は葡萄酒だった。

「水をお求めの際は西側の篝火の真下を目指してください。沢があります。水も美味いですよ」

 他の番兵が言った。

 そうして祝宴が始まった。

 杯が空になると番兵達が次々酌をしてくれる。ライナなどは上機嫌に酒を呷っていた。

 レイチェルも警戒を解いて食事に手を付けていたため、麻呂も酒を二杯ほどチビチビと飲み干した。

 その時だった。

 三日月と星々の輝く晴れ渡った夜空の下、場違いな雷鳴の音が三度鳴り響いた。

 忘れもしない。麻呂達は食事を中止して立ち上がって武器を構えた。

「クククッ、今までは多少情けをかけて昼間に攻撃を仕掛けてやったが、夜襲なら貴様らもかなうまい!」

 偉そうな声と共に南側の外に魔人ブランシュが現れた。

「来たわね、ド三流魔人。アンタ馬鹿じゃないの? 奇襲ってのはそう悠長にやってたら奇襲の意味が無いっての」

 ライナが呆れる様に言った。

「ええい、黙れ、じゃじゃ馬娘! 今宵こそ、貴様らの最期だ! 出でよ、モクジン、セキジン!」

 木と石のゴーレム達が姿を現した。

「またそれなの? 他に芸が無いの? 馬鹿なの?」

 再びライナがうんざりすように言うと魔人ブランシュは声を上げた。

「相も変わらず俺を侮辱しおって! 者ども、あのじゃじゃ馬娘どもを殺し尽してしまえ!」

 麻呂達が身構えた時だった。

 跳び込んできたモクジンとセキジンが消滅した。

「愚か者め! 我らのエルヘ結界は今宵は最高潮! そのような木偶共に突破できると思ったか!」

 初老のエグダートがそう叫んだ。

「おのれ、エルヘの亡霊戦士共め! 邪魔な時だけ蘇りおって!」

 次々突撃しては消えてゆく手駒を見つつ魔人ブランシュは歯噛みした。

「ならば、かくなる上はこの俺自ら突破して見せるわ!」

 だが、剣を抜き踏み出した魔人ブランシュが呻き声を上げて後ろに倒れた。

「ハハハハッ、今宵の我らがエルヘ結界が下等な魔人の侵入をも許すと思ったか?」

 エグダートが高笑いしながら言った。

「下等だと!」

 魔人ブランシュは激高し再び前進したが吹き飛ばされた。

「お、おのれー! 今日はつまらぬ邪魔が入ったが、次こそは、じゃじゃ馬娘、貴様達の首をこの手に掲げて見せるぞ!」

 捨て台詞を残し、魔人ブランシュは雷鳴の音とともに姿を消した。

「凄いですね、エルヘ結界!」

 ライナが言うとエグダートと、番兵達は得意げに微笑んで見せた。

「さぁ、祝宴の続きをしましょう」

 エグダートがそう言った。

 夜中を過ぎ、いつの間にか、ライナは寝てしまっていた。レイチェルもだ。

「麻呂殿も眠ってはいかがです? 今宵、エルヘ結界は破れることはありません。ディアブロなら話は別ですがな」

 エグダートが言った。

 しかし、麻呂は頭を振った。彼は番兵達の厚意を少々訝しんでいたのだ。それに魔人ブランシュの言っていた言葉が引っかかる。

 エルヘの亡霊戦士。今宵だけ蘇る。

 麻呂は生唾を飲み、意を決してエグダートに尋ねた。

「エグダート殿、もしや貴殿らは既に」

「ん? 何ですかな?」

 微笑み応じるエグダートを見て麻呂は言葉が失せてしまった。

 馬鹿な事だ。思い出したが、長老の話では円卓の騎士の神殿にも守り人がいるという話ではなかったか。この見張り台に番兵がいてもおかしいことはない。

「いや、エグダート殿も、方々も、一杯飲まれたらどうでおじゃろうか? もう酒豪の娘は満足して寝ております故、気兼ねは無用でおじゃります」

 麻呂が気を取り直してそう言うと、番兵達は集まって来て、思い思いに酒を飲み始めた。

 それから麻呂は自分が武者修行のために故郷イージアを発ちその間に起ったことを聞かせていた。番兵達は興味深げに耳を貸してくれていた。

 気付けば夜が開け始め薄闇が消えようとしていた。

「麻呂殿」

 話している最中に突然、エグダートの柔らかな声が遮った。

 麻呂が見ると、エグダートと、番兵達が、微笑みを浮かべて整列していた。

「エルへの未来、あなた方に託しましたぞ」

 そしてふわりと、番兵達の姿は朝靄の中に消えたのだった。

 四方に配置されていた篝火も失せていた。

 レイチェルが目を覚ました。

「久しぶりに深い眠りにつけた気分よ。あら、エグダートさん達は?」

「レイチェル殿」

 麻呂は今起こったことを話した。到底信じられないことだが、レイチェルは頷いてくれた。

「きっと、私達のために最後の仕事をしてくれたのだと思うわ」

 レイチェルが指差す先に、昨日は無かったはずの、番兵達の亡骸がそこにあった。

 死後ずいぶん経っている。鎧姿の遺体は腐敗が進んでいた。

 レイチェルが一体の遺体に近付きその首から鍵を取った。

 あの若い番兵の亡骸に違いなかった。今なら彼の言っていたことがよくわかった。番兵達は、麻呂達にはなむけとして食料を提供してくれたのだ。

 ライナが目を覚まし、事情を話し、彼女自身も亡骸を目にして、話を信じてくれた。

 倉庫の鍵を開ける。

 そこには酒と保存食がたくさん詰め込まれていた。

「番兵さん達の心遣いを無駄にしちゃ悪いものね」

 ライナが言い、三人は各々食料を頭陀袋に入れた。

 ライナもさすがに酒には目もくれなかった。

 そして三人は番兵が教えてくれた西の沢に一度下りて水を貯えると、神殿目指して旅立った。

 本当は番兵達の遺体を供養してあげたかったが、あいにく道具が無かった。レイチェルが慣れた様に遺体の前で鎮魂歌を歌い今は先を急いだのだった。

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