第三十一話 「隠者」

 目指す円卓の騎士の神殿はまだその様相を見せる気配すらなかった。

 朝昼歩き続け、夜は野宿し、時折現れるゴーレムどもを退治して道を進んでいった。

「あら?」

 先を行くレイチェルが驚いたような声を上げた。

「どうしたでおじゃるか?」

 麻呂が尋ねるとレイチェルは左右の木々を指差した。

「よく見て、二人とも。右側の木は今までと同じ印が刻まれてるけど、左側には違う印がつけられているわ」

 レイチェルの言う通りだった。今までは無造作に真一文字に刻まれた印を追って来たが、それは右側に続いている。しかし、左側の木には十字の印が刻まれていたのだ。

「うーむ、今までの印こそ、円卓の騎士の神殿に続いているような気がするでおじゃるが……」

「そうね、私もそう思うわ」

 麻呂が言うとレイチェルが同意した。

「だったら寄り道している暇は無いでおじゃる。今まで通りの印の後を追って……」

 麻呂は唖然とした。目の前でライナが棒切れを持って来て、それを地面に立てているのだ。

「ライナ、何してるでおじゃるか?」

「フフン、迷った時の棒占いよ」

 ライナは鼻高々にそう言った。

「これが倒れた方向こそ、神様がお示しになられた次に進む道ってことよ」

「そんなの当てにならぬでおじゃるよ」

 麻呂は難色を示したが、当のライナは棒切れを倒していた。

 棒は、左側に倒れた。つまり今までの印とは違う十文字の痕が続く方向を指し示したのだ。

「神様がこっちだってさ」

 ライナが振り返って微笑んだ。

「ライナ、そっちはきっと外れの道でおじゃるよ。今までの印を追っていった方が無難でおじゃる」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないじゃない」

 ライナが応じた。

 彼女は新たな道へ進む気満々のようだった。

「レイチェル殿」

 麻呂は困って年上の女性に意見を仰いだ。

「そうねぇ……」

 レイチェルも困った様に言葉を詰まらせていた。

 だが、その間にもライナは一人でグングン進んで行った。

「ライナちゃんと別れるわけにもいかないし、ここは神様の選んだ道を行ってみましょうか」

「レイチェル殿がそう申すのなら……」

 麻呂は不承不承、頷いた。

「ライナ、待つでおじゃるよ!」

 麻呂とレイチェルは駆け足で彼女に追い付いた。



 二



 新たな道の終わりは意外に呆気ないものだった。ものの三十分も進まぬうちに、開けた場所へ辿り着いたのだ。

 そこにはまるで場違いなものが置かれていた。

 炉だ。石造りのそれも大きな、鍛冶師が使うようなものだ。今は火は入っていない。

「こんなのあるけど、どういうこと?」

 ライナが尋ねた。

「誰か住んでるのかもしれないわよ」

 そう言うレイチェルが指し示す方角には、簡素な小屋があった。

 麻呂達が小屋を訪ねようとしたところ、背後から声を掛けられた。

「こんなところに人が来るとはの」

 そこには小さいが体格の良い初老の男が立っていた。小さいと言っても背は麻呂の胸辺りまである。白の混じった見事なヤギ髭を蓄えていた。

「ドワーフの方ですね」

 レイチェルが言うと相手は頷いた。

「左様」

「ドワーフさん、こんにちは。アタシはライナ、こちらがレイチェルさんで、こっちが麻呂です」

「ライナ、だから麻呂にも本当の名前があるでおじゃるよ」

「別にお主の本名などどうでも良いわい。ワシはグラッツだ」

 ドワーフは麻呂の言葉を放り捨て名を名乗った。

「この日が来るのを待っていた」

 グラッツは感慨深げにそう言った。

「どういうことですか?」

 レイチェルが尋ねる。

「夢枕でな、神の御使いが現れたのだ。神の御使いはお告げなされた。一振りの片手剣を、それも最上の物を打つようにと。そしてやがて訪れる運命の者達にそれを託すようにとな」

 ドワーフのグラッツは続けて言った。

「こんな森深くまで踏み込んでくる者などそうはいない。いや、一人いたな。魔人ブランシュとかいう輩だ」

「あー、あの雑魚ね」

 ライナが思い出したように言った。

「おじいちゃん、どうやって追い払ったの?」

 ライナが興味深げに尋ねる。

「無論、戦った。木と石のゴーレムを打ち壊し、奴の剣を圧し折ってやったところで逃げてしまったがの」

「ハハハッ、おじいちゃん、やるう!」

 ライナは愉快気に笑った。

「ちょっと待っておれ」

 老人は小屋へ入って行き、やがて一振りの鞘に収まった長剣を手にして戻って来た。

「アタシ達、武器は間に合ってるんだけど」

 ライナが言うと、ドワーフは答えた。

「だが、お前さん方が呼ぶ運命の円卓の騎士達がそうとは限らん」

 その言葉に三人は驚いた。

「ワシはエルヘ族がどうなろうと知ったことではない。この通りの世捨て人ならぬ、世捨てドワーフじゃ。この島が魔人に制圧されようが死ぬまでか殺されるまではここでこうして鍛冶をし生きてゆくじゃろう。しかし、夢枕に現れた神は告げたのじゃ。簡潔に語ろう。新たなる円卓の騎士にワシが打った剣が必要とされている。とな」

「だから持って行け。ワシはワシの使命を果たしてしまいたい」

 ドワーフは剣をライナに渡した。

「一応お礼を言っとくね。ありがとう、おじいちゃん」

 その時だった。

 晴天だというのに、あの雷鳴の音が三度鳴り響き、一行の背後から含み笑いを漏らす聞き覚えのある声が聴こえて来た。

「ドワーフの打った最上の剣、今度こそ、是非ともこちらに渡してもらおうではないか」

 それはやはり魔人ブランシュだった。

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