第三十話 「刺客」
木の幹に残された傷痕を頼りに、麻呂達は大森林の中を円卓の騎士の神殿を目指していた。
「そういえば、麻呂君。麻呂君て、つい呼んでたけど、本当の名前は何て言うの?」
昼を終え、再び歩き出そうとしたときに唐突にレイチェルが尋ねてきた。
「あ、そうだ。麻呂、アンタ本当の名前、いい加減に教えなさいよ」
ライナが詰め寄って来た。
「今までだって何度も言おうとしたでおじゃる。でも、麻呂が本名を名乗るときに限って何かが起きるのでおじゃるよ」
麻呂は弁解した。ライナとレイチェルが興味深そうにこちらを見ている。麻呂は軽く咳払いをした。
「では、言うでおじゃる。麻呂の本当の名前は――」
その時だった。
枝葉の間から見える空も晴れ渡っているというのに、鋭い雷鳴のような音色が三度轟いた。
そして前方に人影が現れたのだった。
「クククッ」
静かな森の中に不敵な笑い声が聴こえた。
人影は男だった。金属鎧を身に纏い、露出している手は灰色だった。
「何者でおじゃるか!?」
麻呂は即座に腰の刀の柄に手を掛けて声を上げて尋ねた。
「お前達が我が主の悲願を阻止しようと動いているネズミどもだな?」
向こうも尋ねて来た。
「アンタ、魔人ね。ディアブロと同じで肌が灰色だもん」
ライナが言った。
相手は再び笑い声を上げた。顔こそ灰色一色だが、髪は整えられ、幾分かは端正な顔立ちをしていた。腰には鞘に収まった剣を差している。
「その通り、我が名はブランシュ。ディアブロ様の忠実なる配下だ!」
相手は誇る様にそう述べた。
「で、何しに来たの?」
ライナが率直に尋ねた。
「ククククッ、我が主、ディアブロ様の悲願を阻止しようと動かんとするお前達、うるさい雑魚共を排除しに来たのだ!」
魔人ブランシュはそう言うとニヤリと自信たっぷりの笑みを浮かべた。
「魔人だけどさ、黙ってたら良い男かもしれないのに勿体無いわね。ね? レイチェルさん?」
「え? まぁ、そう……ね」
ライナの声にレイチェルが吟味するように応じる。
「ぬ!? 今、俺を侮辱したな!」
魔人ブランシュは眦を怒らせてそう言った。
「本当の事だもん。残念イケメンさん」
ライナが言うと、魔人ブランシュは声高に応じた。
「また俺を侮辱するとは許せん! 出でよ、モクジン!」
魔人ブランシュの声に応じるようにして、突如としてあの木製のゴーレム達が姿を現した。その数、六体。
麻呂は安堵した。
「あれなら麻呂でも何とかなるでおじゃるよ」
思わず言うと魔人ブランシュは声高に命じた。
「やれ、モクジン達! こいつらを殺してしまえ!」
「ヌヴォー」
あのゾンビを思わせる様な声を上げて各々武器を手にしたモクジン、木のゴーレム達が迫ってくる。
「準備運動には良さそうね」
ライナがキルケーを抜き、レイチェルの方は山刀の二刀流で身構えた。
モクジンが麻呂に向かって斧を振り下ろそうとした。
だが、麻呂の居合はその瞬間に放たれ、敵を胴から真っ二つにしたのだった。
ライナも、レイチェルもモクジンをそれぞれ斬っている。
麻呂はもう一体のモクジンを斬り伏せ、居合の構えで魔人ブランシュを睨み付けた。
「どんなもんよ」
ライナが軽快に笑ってそう言った。
「ぬぬぬ……」
魔人ブランシュは瞠目したかのようにそう言うと、再び気を取り直したように高笑いした。
「ク、ククククッ、モクジンどもは小手調べよ! 次こそ貴様達の息の根を止めてやる!」
「へぇ、大方予想はできるけどやってみなさいよ」
ライナが言うと魔人ブランシュは声を上げた。
「出でよ、セキジン!」
するとモクジンがそうやって現れた様に、石のゴーレム達が突如としてその場に姿を現した。
「セキジン共、そやつらを血祭りにあげるのだ!」
武器を手にした石のゴレーム達が麻呂達に迫ってくる。
こいつは固く、麻呂の居合は通用しなかった。しかしやるしかない。
麻呂は振るわれる戦斧を二度かわし、必殺の一撃を放った。
しかし、やはり石の強度の前には傷一つつけることはできなかった。
「ハハハハッ! 見たか、強固なセキジンを斬れる者など人間にはいな――」
「おりゃああっ!」
ライナが声を張り上げキルケーを振るう。周りにいたセキジン達がそれぞれ壊れ果て、石くずとなって散らばり動かなくなった。
ライナは麻呂の分のセキジンをも破壊し、得意げに魔人に向かって言った。
「残念だったね。アタシとこのキルケーならノープロブレムなのよ」
「ぐぬぬぬ……」
魔人ブランシュは忌々し気に声を上げた。
「手下ばっかり召喚してないで、いい加減アンタ自身が向かって来たらどうなのよ?」
ライナが挑発すると、魔人ブランシュは腰の剣を抜いた。
「おのれ! 言わせておけば!」
魔人ブランシュが斬りかかって来る。
「アタシがやるわ」
ライナが進み出てキルケーを悠然と構える。
魔人ブランシュが声を張り上げ一撃を放ち、ライナの剣と衝突する。
「ほらほら、どうしたの?」
ライナが言うと、魔人ブランシュはヤケクソ気味に剣を打ちこんできた。
剣は素人だ。ただのお飾りにすぎなかったらしい。
鉄のぶつかる音が響き渡る。
「上、下、右、左と見せかけて上!」
ライナは剣を振るい相手を圧倒していた。
「そろそろ本気出すけど?」
「お、おのれ小娘が!」
「小娘じゃないよ、これでも成人してるんだから」
「死ねええい!」
魔人ブランシュの憎悪の一撃がライナを襲う。
「おおおりゃああっ!」
ライナも声を上げて剣を振るった。
と、両者の得物がぶつかり、魔人ブランシュの剣が半ばから圧し折れた。
「何っ!?」
驚く魔人にライナは容赦なく追撃を掛けたが、相手は寸前のところで三度身をかわし、間合いを保った。
「どうよ、ライナちゃんの剣の力は?」
ライナが言うと、魔人は舌打ちし、憎しみのこもった眼でこちらを凝視する。
「アタシ達は、アンタの主、ディアブロの三割の力を持った分身を斃してるのよ。アンタ、名前忘れちゃったけど、それ以下の雑魚だね」
ライナがそう告げると魔人は応じた。
「お、おのれ、また侮辱を!」
「何? まだやる気?」
ライナが睨みを利かせて鋭い声で尋ねる。
「こ、この借りは必ず返すぞ!」
そう言って雷鳴の音を響かせ敵は姿を消していった。
「逃げ足だけは早いんだから」
ライナが呆れる様にそう言った。
「しかし、アヤツはまた麻呂達の前に姿を見せるでおじゃろうな」
「そうね。ディアブロの配下だって言っていたものね」
麻呂が言うとレイチェルがクロスボウを提げてそう応じた。
「でも、これだけは言えるよ。何度来ようとライナちゃんの敵じゃないってね」
静かな森にライナの意気揚々とした笑い声が響き渡ったのであった。
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