第二十九話 「敵現る」
ならば、そもそも呑気に宴会などしている場合ではないのではないか。と、麻呂は思った。
長老が半ばけしかける様にして言ってきたので麻呂、ライナ、レイチェルは、中断された酒宴の最中に旅立つことになった。
「麻呂ー、ライナー、レイチェルー」
見送る集落の人々の中からリンがトコトコと追い掛けて来た。
「リン、心配いらないよ。ディアブロなんかアタシがやっつけてやるからね!」
ライナが頼もしい言葉を述べ、リンの頭を撫でる。
「それじゃあ、行ってくるわね」
「いってらっしゃいー」
ディアブロの待つ迷宮は島の北の外れにある。レイチェルを先頭に一行は島の北目指して歩いて行った。
二
北を目指せば迷宮に着けるのかもしれないが、その前にエルヘの円卓の騎士の神殿を探さなくてはならない。
道なき道をレイチェルは慣れた動作と様子で歩んで行く。
「レイチェルさんは、神殿がどこにあるのか分かるんですか?」
ライナが尋ねた。
「分からないけど、これを見て」
レイチェルが一本の古木の幹を指でなぞった。
そこには削った痕があった。
「これと同じ模様が、ほらあそこにも」
レイチェルが指し示す先に木があり、同じく傷痕がついていた。
「エルヘの人々も道に迷わないよう、そしてなるべく余所者に見つからない様にこんな目印を残したのだと思うわ」
「この傷痕を辿って行けば神殿につけるでおじゃりますか?」
麻呂が尋ねるとレイチェルは頷いた。
「きっとね」
三人は歩んでゆく。だが傷痕を見分けるのは麻呂もライナの方もなかなか難儀していた。しかし、レイチェルはスイスイと見付けて二人をいざなってゆく。さすがは森に身を置くだけあると麻呂は感心したのだった。
出発が遅かったため歩いているうちに夜になってしまった。
三人はその場で野宿することにした。
見張りの順番を決める。麻呂は未明から朝にかけての見張りを引き受けることになった。
集落で分けてもらった保存食を食べながら火を囲む。
するとライナが立ち上がった。
「ちょっと便所行ってくるね」
「ライナ、もう少しお上品に言った方が良いでおじゃるよ」
麻呂が苦言を呈すとライナは笑って焚火の光りの及ばない藪の中へと消えていった。
麻呂は呆れつつも、ディアブロの言葉を思い出していた。
「レイチェル殿、ディアブロの言い残した言葉を覚えているでおじゃりますか?」
「俺の用意した火の粉を払いのけだったわね。この先、何かがあるのかもしれないわね。ただ単身自ら乗り込んできたところを見ると、変な小細工や罠の類はなさそうな気もするわ」
その時だった。
茂みが揺れ、ライナが飛び出してきた。
「二人ともごめん、数が多くてアタシ一人じゃ相手にしきれないから連れて来ちゃった」
ライナは苦笑いを浮かべてそう言った。
「何か出たでおじゃるか!?」
麻呂は立ち上がり刀の柄に手を掛けた。
「ヌヴォー」
まるで物悲しいゾンビの様な声を上げて藪の向こうから、誰かが現れた。
「ヌヴォー」
そいつらは続々と現れる。
二足歩行をしているが亜人とは違うと麻呂は感じた。
焚火の灯りが相手を照らし出す。どいつもこいつも同じ顔立ちをしている。首が無い寸胴型の体格をし、口も鼻も無く両眼が申し訳程度に開けられている。手には棘の付いた鈍器に斧に剣に様々な武器を手にしていた。
「ゴーレムの類ね」
レイチェルが言った。
「ヌヴォー」
ゴーレムの一体が斧を振り下ろしてきた。
三人は避けた。
「どうやら私達はエルヘの結界を越えたみたいね」
レイチェルが言った。
「ヌヴォー」
ゴーレムが剣を振るう。その速度と来たら、緩慢そうな動きと印象とは打って変わって正確無比の力のある一撃だった。
「おっと、油断できないわね。とりあえず、斬っちゃって良いわけね」
「そうね」
ライナが言いレイチェルが頷く。
三人はゴーレムの群れに斬り込んでいった。
麻呂は居合を放った。
一体のゴーレムが胴から真っ二つになり動かなくなる。材質は木だった。
ライナもキルケーを、レイチェルも山刀の二刀流でゴーレム相手に善戦している。ように見えたが、刃は弾かれていた。
「こいつ、石でできてるわ」
ライナが言った。
ゴーレムがライナに棘付き棍棒を振り下ろすがライナはそれを避けるや声を張り上げて大上段に両手剣を構えて振り下ろした。
彼女の渾身の一撃は石でできたゴーレムを粉砕し真っ二つにした。
麻呂は瞠目した。
「やった、アタシのキルケーなら何とかなるわ!」
喚起しライナは次々ゴーレムを粉砕して回った。
麻呂も再び木製のゴーレムを相手に剣を圧し折り、胴から真っ二つにした。
だが、次に現れた石のゴーレムは麻呂の力ではどうにもならなかった。全力の居合が弾かれる。刀、牙翼のせいではなく、自分の膂力不足だ。そして自分とライナの力の差がどれ程なのかを麻呂は思い知りつつ、相手にするしかなかった。
突如ゴーレムの首が吹き飛んだ。その場に崩れ落ちる敵の後ろにはキルケーを構えたライナが立っていた。
「ライナ、かたじけない、助かったでおじゃる」
「良いって、気にしないで」
レイチェルがゴーレムを相手に奮闘していた。しかし、どうやら石のゴーレムらしく、二つの刃は弾かれてしまっていた。
「ちょっと行ってくる!」
ライナは飛び出し、跳躍し剣を振り下ろした。
レイチェルと競り合っていたゴーレムが粉砕され散らばって動かなくなる。
「これでいっちょう上がりね」
ライナが言った。彼女は特に頑張ったため肩を揺らして呼吸をしていた。
「木でできたゴーレムならどうにか麻呂でも対処できたでおじゃるが……」
「そうね……」
レイチェルが続いて頷いた。
するとライナが顔を輝かせて言った。
「だったら、今後、石のゴーレムはアタシが相手にすることにするわね。木の方は二人でお願い」
「おじゃる」
「分かったわ」
麻呂とレイチェルはそれぞれ頷いた。
幸い、今晩の襲撃はそれ以降無かった。
翌朝、日が昇るとゴーレムの残骸をはっきりと見ることができた。やはり人型をしていて、木と石と二種類いた。
「今後はこいつらが主な相手になってくるのかな。ま、ライナちゃんとキルケーさえあれば」
「鬼に金棒でおじゃるな」
麻呂は思わずそう口走っていた。
「誰が鬼だって?」
ライナがギロリと睨んでくる。
「え? い、いや、何でもないでおじゃるよ!」
「まーろー!」
ライナが剣を上段に構えて歩み寄ってくる。
「ひえええっ、で、おじゃる!」
麻呂は身の危険を感じて逃走した。
「待ちなさい麻呂! 脳味噌叩き割ってあげるんだから!」
ライナが追い掛けてくる。
「二人とも、あんまり遠いところに行っちゃダメよー!」
レイチェルの声が聴こえた。
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