第二十五話 「森の脅威と恵み」

 翌朝、レイチェルの案内でリンの祖父を探しに森の中にあるという集落全てを訪ねに行くことになった。

「近い場所と遠い場所、あなた達はどちらから行きたいかしら?」

 レイチェルが麻呂とライナに尋ねた。

 二人は顔を見合わせると、ライナが言った。

「集落ではアタシ達を泊めてくれたりはしてくれないですよね?」

「ええ、そうね。残念だけど期待はできないわ」

 レイチェルが頷く。

「だったらどうせ野宿するんだったら、急がば回れっていうし、アタシは一番遠くの集落に行きたいかな」

 ライナが麻呂を見る。

「急がば回れでおじゃるか」

 どの道野宿ならどこから行っても同じだと麻呂も思ったので頷いた。

「ライナに賛成でおじゃるよ」

「わかったわ。それじゃあ、まずは一番遠くの集落に案内するわね」

「それよりもレイチェルさん、診療所にギギンボ一人で大丈夫なんですか?」

 ライナが心配気に言うとレイチェルは微笑んだ。

「ギギンボも立派なお医者様よ。将来、あの診療所は彼に任せるつもりなの」

 レイチェルが言った。

 すると診療所の勝手口が開いてゴブリンのギギンボが見送りに姿を見せた。

「所長、それに麻呂さん達もどうか無事に役目を果たせることを願ってます」

「ありがとうギギンボ、後のことはよろしくね」

「お任せください」

 ゴブリンのギギンボは胸を張ってそう答えた。

 そして四人は森の中へ更に深く入り込んで行ったのだった。





 本当にこの方角であっているのか。先を行くレイチェルは緑色の外套を纏い、頭陀袋とクロスボウ、矢筒を背負って、悠々と歩いて行く。麻呂達にしてみれば木々と草藪の支配する鬱蒼とした道無き道にしか見えなかったが、彼女には道が見えているらしい。

 途中、レイチェルが止まった。

「どうしたでおじゃるか?」

 麻呂が尋ねると、レイチェルは言った。

「毒蛇がいるわね」

 そう言って歩いて行って草藪の一点を見詰めて頷いた。

「刺激しちゃダメよ。小さくても毒は強力だから。それに血清は診療所にしか置いてないからね」

 麻呂達が追いつくと、藪の中にとぐろを巻いた小さな蛇がいた。

「どうしてこの蛇がいるって分かったんですか?」

 ライナが尋ねる。

「この毒蛇は尻尾の先を振動させて地面に打ち付けて警戒音を出すのよ」

「それが聴こえたからわかったんですか?」

「そうね」

 レイチェルは言った。

 そしてその場を後にし先を進んでゆく。

 途中、昼食を挟み、その後は足と体力が辛そうなリンをライナが背負った。

 ライナの分の頭陀袋を麻呂が持とうと申し出たところ、やんわりと断られた。

「ライナちゃんは、力持ちね」

 レイチェルが言った。

 その直後だった。

 レイチェルが再び立ち止まり、行く手を制した。

 麻呂達が怪訝そうにしていると、自分の耳にも聴こえて来た。枯れ枝を踏みしめ、草葉を揺らしながら何者かがこちらに迫ってきている。

 ガサリと近くで音がし、ヌッと影が姿を現した。

 それは猛獣だった。砂漠地帯だったイージアにはいないが図鑑で読んだことがある。クマだ。

 クマは二メートル近くあった。灰色の毛をしている。両者は動かず睨み合った。と、クマがまるで怒りか憎しみかの咆哮を上げた。

「ライナはリンを安全なところへでおじゃる!」

 襲ってくると読んだ麻呂は居合の姿勢のままそう叫んだ。

 すると、レイチェルが素早く腰から立派な山刀を二振り出してクマに突進した。

 そしてクマの太い腕が振るわれるよりも早く、懐に飛び込み、山刀を二本その心臓の上に突き立てた。

 振るわれる太い腕を避け、レイチェルはすかさず距離を取る。麻呂も下がった。

 クマは刀が刺さったまま襲ってきたが、レイチェルは次の瞬間にはクロスボウを構えて矢を放ち、それは同じくクマの心臓付近を貫いた。

 クマは右往左往し、うつ伏せに倒れ、血溜まりの中、動かなくなった。

「レイチェルさん、強いんですね」

 ライナが感服するように言った。麻呂も感心していた。

「森の恵みに感謝を」

 レイチェルはそう言い、麻呂とライナにクマを仰向けにするのを手伝って欲しいと言ってきた。

 そして血だまりの中、矢と二本の山刀を回収したレイチェルは言った。

「せっかくの森の恵みを無駄にするわけにはいかないわ。少し時間を頂戴。ライナちゃん、リンちゃんと少し離れた場所にいてね。幼い子には少し刺激が強いと思うから」

「わかりました」

 ライナがリンと離れて行くの確認した後、レイチェルはクマの亡骸に山刀を突き立てて手際良く捌き始めた。

 麻呂は再び感服しながらその様子を見守っていた。

 しばらくして、クマは食肉と見事な毛皮に変わった。

「ライナちゃん、待たせたわね」

 レイチェルが言い、ライナがリンとともに出てくる。

 そこには血だまりしか残っていなかった。

「レイチェルさん、色んなことできるんですね」

 ライナが感心するように言った。

「森に身を置くと決めたからね。一応、猟師の方に少しの間だけ弟子入りしたこともあるのよ。そうじゃなきゃ、とてもとても森で暮らしてゆくなんて無理よ」

 レイチェルはニコリと微笑んでそう言った。

「それよりもごめんなさい。大分時間が経ってしまったわね」

「歩けるところまで歩きましょう」

 ライナが機嫌よく言った。

 そうして日暮れまで歩くと、そこで野宿することになった。

 晩御飯には先程のクマの肉がふんだんに振る舞われた。

 なかなか美味しかった。少なくとも保存食の乾燥肉よりは十二分にマシだった。

 肉は余らなかった。ライナとリンが恐ろしいほどの食欲で腹に詰め込んでいたからだ。

「森の恵みに感謝を。髪の色は違うけれど、ライナちゃんとリンちゃんって姉妹みたいね」

 レイチェルが優し気に微笑んで言った。

「リンは、アタシがお姉ちゃんだったら嬉しい?」

 ライナが尋ねた。

「うんー。ライナー、大好きー」

 リンは笑って答えた。

「何か自分で話題振って置いてだけど、照れちゃうわ」

 ライナが赤面して言い、リンを抱き寄せた。

 それからリン以外の三人で火の番を含めた見張り役の順番を決めた。麻呂は未明から朝までの順番になった。

「それじゃあ、ライナちゃんよろしくね」

「はい、任せて下さい!」

 最初の番のライナが元気よく応じる。

 レイチェルとリンが横になり、麻呂もそれに倣った。

 木々の枝の間から澄み渡った夜空とそこに輝く星々が見えた。

 綺麗でおじゃるなぁ。

 麻呂はそう思いながら星空を眺め、やがて眠りに落ちていった。

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