第二十四話 「お手伝い」
夜中に何度か目を覚まし、リンの容態を麻呂とライナは確認した。
リンも時々起きていて、その際に脱水症状にならぬように水筒の水だけは飲ませた。
翌朝、リンはまだ熱が下がっていなかった。ベッドの中で呼吸を荒げている。吐き気もあるらしく食事は食べたくないと意思表示した。レイチェルも無理に食事をとらせようとはしなかった。
「熱さましと、吐き気止めの薬は飲ませたから、あとはリンちゃん次第ね」
レイチェルが言った。
「そうでおじゃりますか」
「今日一日何してよう。もちろん、リンの世話をするけど。剣でも振ってようかな」
麻呂とライナがそれぞれ言うとレイチェルが応じた。
「今日は集落への案内は無理ね」
ゴブリンのギギンボを含めて食事をしながら四人は話し合っていた。
「それでしたら、所長、お二人にあれを手伝ってもらったらどうでしょうか」
「あれ?」
ライナが尋ねた。
「お二人はお客様よ。手を煩わせるわけにはいかないわ」
レイチェルが答える。
「あれとは何でおじゃるか?」
麻呂が気になって言うと、ギギンボが答えた。
「お客様用に別宅を増設しようと、所長と前々から話し合っていたのですよ。今の寝室だと病気で入院してくる方と同室になってしまいます。それだと風邪が移ったりする可能性があるので、お客様はお客様専用の建物を用意しようと計画していたのです」
「面白そうじゃん。アタシ手伝うよ」
ライナが言った。
「リンのことも今後のこともお世話になるでおじゃろうし、麻呂も手伝うでおじゃります」
麻呂も言うとレイチェルは少々迷いを見せた後、頷いた。
「ギギンボ、グワンガさん達を呼んできて頂戴」
「わかりました!」
ゴブリンのギギンボは食事を素早く腹に詰めて炊事場の勝手口から飛び出して行った。
「グワンガさんってエルヘの方ですか?」
ライナが怪訝そうに問うとレイチェルは頭を振って微笑むだけだった。
「グワンガさん達を呼んできました!」
一時間と少しした辺りで勝手口からギギンボが顔を出し声を掛けて来た。
三人はリンの面倒をみつつお茶をしていた。
「そう、ありがとう」
レイチェルはそう言うと麻呂とライナをいざなった。
外に出て麻呂はびっくりした。
そこには大きな影があったからだ。
青色に近い灰色の滑々してそうな肌に、上半身は裸で木の皮を括り付けたような下着を履いている。顔は丸くて毛髪が無い。それはまさしくトロールだった。
「レイチェル、その人間達はエルヘの連中か?」
ギギンボと違って流暢とは言えない共通語でトロールが尋ねた。
「違うわ。大陸から来た方よ」
「だったらエルヘの連中に酷いことされたんだろうな」
トロールが笑いながら言うと、ライナが毅然と応じた。
「酷いことされたけどやり返してきてやったわ」
「ほぉ、どうしたんだ?」
トロールが興味深そうに尋ねる。
「まぁ、大したことはしてないけどね。衛兵達をぶちのめしてやったのよ」
ライナが胸を張るとトロールは感心するように喉を鳴らした。
「そいつは面白いことをしてきたな。見所がある」
トロールはそう言い、ニヤリと微笑んだ。
「そしてお前は面白い顔をしている」
トロールは化粧をした麻呂の顔を見てそう言った。
「麻呂でおじゃるか?」
「グワンガさん、これが設計図です」
ゴブリンのギギンボが羊皮紙を差し出す。
「なるほどな。おう、材木なら持ってきた。言われた通り加工済みだ。人間の発明した道具はなかなか偉大だったぞ」
トロールのグワンガの後ろには三人のトロールと、顔が犬に似た小さな影が五つほどあった。コボルトと呼ばれる種族だ。ゴブリンやトロール同様に人間とは敵対してきた種族であった。
「レイチェル、頼まれていた部品は鋳造してきたよ」
コボルトの一人が言い木枠に巾着を幾つも置いた。
ギギンボがその中身を取り出す。麻呂の目には鉄製の少し太めの針のように見えた。
「釘じゃん」
ライナが言った。
「そう言うのでおじゃるか」
麻呂は感心した。
設計図を見せられる。レイチェルが言うには一階建ての高い寝室だけの家だった。
「さぁて、やっちまおうぜ」
トロールのグワンガが言い、レイチェルと亜人達と、ライナは「おーっ!」と声を上げた。
トロール達が巨体と体重を活かし、地均しというのをし、そこから本格的な作業が始まった。
大体は既に木の皮を剥かれ加工された木材を組み上げて、小さな金槌を使い釘で止めてゆく。
ライナは大張り切りで木材を持ち上げトロール達に馴染んでいた。
一方麻呂は、釘を渡したり遠目から曲がっていないか確かめたりするように、グワンガに言われて、やっていた。勿論、麻呂とライナは時折、リンの様子を見に行った。
昼になった。
昼前にレイチェルとギギンボ、コボルトが数人、炊事場に入って行って昼食を作っていた。それを振る舞われた。
グワンガは井戸の桶ごと口につけ水を一気に飲み大きく息を吐いた。
ライナも大ジョッキに入った水を一気飲みした。
「やるじゃねぇか」
トロールのグワンガが言った。
「そっちほどじゃないけどね」
ライナが言うと、二人は豪快に笑い合った。
麻呂はコボルト達とチビチビ上品に水を飲んでいた。
骨付きを喰らい、パンにかぶりつき、スープを飲み干す。一時のなごやかな休憩は終わり、再び作業に入った。
屋根板を打ち付けるのはトロールに肩車されて飛び移ったコボルト達だった。高所でも彼らはヒョコヒョコ動いて的確に釘を打ち付けていた。
一方、麻呂もトロールに肩車され屋根に飛び移った。そしてコボルト達と協力して釘を打った。
「お前、変な顔だな。良い奴そうだけど」
コボルト達は麻呂を見てクスクスと笑っていた。
気付けばリンが地面に座って皆の様子を眺めていた。
「リン、もう大丈夫なの?」
木材を担いだライナが声を掛ける。
「お腹空いたのー」
リンが言った。
「食欲が出て来たのは良い兆候だわ。待っててね」
そう言うとレイチェルは炊事場に入って彼女のための食事を作り始めた。
夕暮れ時、家は形になった。
「おう、我ながら見事だ」
トロールの棟梁役のグワンガは満足げに言い、皆は完成に喜んでいた。
麻呂は少し離れたところでその様子を見て、近年まで殺し殺され、憎み合っていた種族同士が言葉を交わし、一致団結できたことに感慨を覚えていた。イージアは砂漠の都市故、過去に魔物と呼ばれていた者達の存在はなかった。それでも彼は感激していた。
「皆さん、お疲れ様でした」
そう言ってレイチェルが幾つかの袋をたくさん手にして現れた。そして亜人達に渡してゆく。
「少しですが裏でとれた野菜と、燻製肉と毛皮です」
レイチェルが言った。
「森の恵みに感謝を」
亜人達は敬虔そうにそう言って袋を受け取った。
するとトロールのグワンガが言った。
「おう、あれ持ってこい」
部下のトロールが木樽を運んできた。
「ゴブリンから買った葡萄酒だ。お前もたまには酒を飲んで息抜きしとけよ」
「まぁ、ありがとう、グワンガさん。森の恵みに感謝を」
レイチェルが応じた。
そして一頻り談笑し合った後、亜人達は引き上げていった。
その日の晩はトロールから貰った葡萄酒が振る舞われ、麻呂の隣でライナは飲みに飲みまくっていた。
「ライナさんなら、グワンガ親分と良い勝負ができそうですね」
ゴブリンのギギンボが呆気に取られてそう言った。
リンもすっかり回復し、明日はようやくリンのお祖父さん探しが始まる。上手くいくことを願いつつ麻呂も今宵は程々にだが酒を呷ったのだった。
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