第二十一話 「エルへ島」
アルバイトに精を出していたせいか、二か月は風のように過ぎ去っていった。いよいよ明日、エルへ島行きの船が出る。
麻呂が最後の挨拶をすると衛兵仲間に祝福され、激励された。どうやらそれはライナも同様だったらしく明るい表情で帰宅してきた。
今日は晩御飯が華々しかった。
「アンタ達とも最後だからね」
卓に着くとティアがそう言った。
「ティア殿、かたじけないでおじゃる」
麻呂が言うとティアは真顔で応じた。
「エルヘ島のことは一番近いこの町エイカーでもほとんど分かってないわよ。住人が高慢ちきで金に汚いぐらいしかね。だから住人には頼れないと考えた方が良いわ。アンタ達二人だけの力でリンのおじいさんが簡単に見つかれば良いけど……。有事の際は森を頼りなさい」
「森を?」
ライナが首を傾げた。
「行けば分かるわ」
ティアはそう言った。
料理は美味かった。だが、粛々と進み終わった。
「森を頼れってどういうことかな?」
それぞれ部屋に移動しようと屋敷の階段を上がっている時、ライナがそう言った。
「さぁ、麻呂にもわからないでおじゃる。金を使わず野宿しろということでおじゃろうか?」
「麻呂ー、ライナー、おやすみー」
リンがそう言ってティアの部屋に入ってゆく。寝る前にティアに本を読んでもらっているらしい。不規則な生活をする自分達よりも常にいてくれるティアの方に今では安心感があるのだろう。
「今度はアタシ達がしっかりリンの親代わりにならなくちゃね」
「そうでおじゃるな」
二
日も高く上がりつつある朝の港には一隻の中型船が停泊していた。
だが、客は麻呂とライナ、リンだけだった。
桟橋が架けられる。
「エルへ島行きの船をお探しの方はこの船です! 乗船してください!」
船乗りがそう言った。
三人は見送りに来たティアを振り返った。
「ティア殿、長らくお世話になったでおじゃりまする」
「ティアおばさん、ありがとね」
「別に、世話をしたつもりは無いわよ」
ティアは半分赤くなった顔を背かせた。
「ティア―、御本読んでくれてありがとー」
リンが言った。
するとティアは幼子を抱き締めた。
麻呂も、ライナも驚いた。あの何も興味の失せたような仏頂面ばかりだったティアが涙を零していた。
麻呂はもらい泣きした。
「アンタまで泣いてる場合じゃないわよ。麻呂、二人の事、頼んだわよ」
ティアは涙を拭うとそう言った。
「わかりましたでおじゃりまする!」
そうして三人はティアに背を向け船に乗る。
ちょうど時刻となり、船が発進する。
「ティア―」
リンが甲板から危なげなく身を乗り出し手を振った。
ティアの方も手を振り返している。その姿が、岸がどんどん遠くなり、やがて見えなくなった。
こうして麻呂達は色々な思い出の詰まったエイカーの町を離れたのだった。
三
客は三人だけだった。
「国から補助金が出てるとはいえ、客は来ねぇし、おまけにエルヘの奴らはがめついし」
船乗り達が愚痴をこぼしながら忙しそうに働いている。
昼食が運ばれてきた。パサパサしたサンドウイッチだった。
「二か月前に乗った人はどんな人だったんですか?」
ライナが船乗りに尋ねる。
「ああ、二か月前には客はいなかったが、その前の便に乗った奴が一人いたな。国の役人だよ。噂ぐらい聴いたことがあるだろう、平和の使者。確か、シルヴァンス特別外交大使とかいったかな」
船乗りは続けた。
「海の男には興味ないが、平和の使者のおかげで陸の商売は面白くもなんとも無いものばっかりなんだってな」
「昔あった冒険者ギルドのことですか?」
ライナが尋ねる。
「そうそう、それだ。ゴブリンだ、オーガーだ、トロールだ、と、もう斬れなくなっちまったもんな。おかげで剣にロマンを求める奴らは闇の勢力と対峙している前線へ傭兵しに行くしかなくなっちまった。俺達海の男には関係ねぇが、シルヴァンス様を恨む人間は意外に多いんじゃないかねぇ」
船乗りは仕事に戻って行った。
しばらく波に揺られ、頭上を照らす太陽が傾いて来た頃、前方に島影が見えて来た。
「エルへ島でおじゃるな」
「そうね」
麻呂とライナは気を引き締めた。
四
船が入港すると、慌ただしく船員が桟橋を下ろす。港で待っている客はいなかった。
「ほらさっさと降りた降りた。こっちはエルヘ族となんか関わり合いになりたくないんだから」
まるで半狂乱になった船員達が乱暴に麻呂とライナの背を押す。
「ちょっと押さないで下さい! 小さい子供がいるんですよ!?」
ライナが抗議したが、既に桟橋は畳まれ、船は出航していた。
「リン、大丈夫だった?」
「うんー」
これから二か月はこの島で暮らさねばならない。船員達の行動は麻呂の心を殊更不安にさせた。
港に人の姿はあった。
「御機嫌よう」
「こんにちは」
「ようこそエルへ島へ」
島民達は麻呂達に穏やかな表情を向けて歓迎の声をかけてくれた。
噂程、悪い空気は流れていない。金にがめついのも一部の人間だけだったりするのかもしれない。
「御機嫌ようでおじゃる」
麻呂が言うと挨拶をしてきたエルヘの住人達がにじり寄ってきた。
「挨拶代を」
そう言ってエルヘ達、と言っても人間と何ら変わりない姿の人々が手を差し出してきた。
「挨拶代?」
麻呂が問うと、エルヘの住人達の笑顔が消え、男も女も厳めしい面構えに変わった。
「挨拶してやっただろう!」
「歓迎したじゃない!」
「さぁ、その分の金を払え!」
あまりに突然の豹変に麻呂は戸惑っていた。
すると方々からこちらへ駆け付けて来る大勢の姿があった。
「御機嫌よう!」
「エルへ島へようこそ!」
「こんにちは!」
遠くから叫び声に近い挨拶と歓迎の声が飛んでくる。
そして三人はあっと言う間にエルヘ達に囲まれてしまったのだった。
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