第二十話 「密売人逮捕 その三」

 夜の海を港目指して麻呂達は必死に舟を漕いでいた。腕はもう限界だが、漕がねば家には帰れない。それに今回の首謀者二人もこちらで捕縛しているのだ。責任は重大である。

 幸い港の方も落ち着いたらしく、篝火と思われる灯りがたくさん焚かれているのが見えた。

 麻呂達が戻ると、衛兵達は歓迎した。

「敵の首謀者二人を捕えて参りました」

 デイビッドが言うと、衛兵達は歓声を上げた。

「それよりもデュークの治療を!」

 デイビッドが続けて言った。

 デュークは腹部から血を流していた。麻呂の記憶にある限り、最初に受けた傷だった。デュークはそれに屈せず最後の最後まで大捕り物に参加していたのだ。きっとティアに良い格好をしていた自分を麻呂の口から伝えてもらうためだろう。

 デュークが搬送され、捕縛していた売人、買い手、その他を連行する。

 麻呂は陸へ上がり腕の痛みに呻いていた。舟を漕ぐなんて初めての経験だった。ただ無我夢中でやっただけだが上手にできた様だ。

「御苦労だったな」

 衛兵長のロビンソンが麻呂に言った。

「衛兵長殿」

「デイビッドから聴いたぞ。お前の活躍が無ければこの勝利は無かったとな。実際、倉庫であの筋肉ダルマどもを打ち倒したところも見せてもらった。今回の敢闘賞は間違いなくお前だろう」

 麻呂は頭を振った。

「そんなことはないでおじゃります。皆が必死にやったからこその成果だと思うでおじゃります」

 そして麻呂はデュークが良い格好をしようとしたことを思い出し告げた。

「最後に密売人が海に飛び込んだのでおじゃりますが、デュークもまたその後を追ったのでおじゃります。暗い海の中を敵を捕まえ、波に負けず漂い、自ら合流したことは評価に値すると思うのでおじゃります」

「ほぉ、デュークがな」

 ロビンソンは感心したように言った。

「剣術は二流だが、根性だけはあったようだ。評価を改めなければならんようだな」

「是非そうしてほしいでおじゃる」

「しかし、麻呂。お前、本当にバイト待遇で良いのか?」

 麻呂は首を傾げた。

「正規の衛兵に格上げしてやっても良いと俺は思ってるんだ。お前の力と技量は充分それに値する。どうだ、正規の衛兵にならないか? ここで

この町エイカーの平和を俺達と共に守っていかないか?」

 麻呂は頭を振った。

「せっかくの御厚意でおじゃりますが、麻呂には目的があるのでおじゃります。それを達成するまで足を止めるわけにはいかぬでおじゃります」

「そうか……。残念だ」

 ロビンソンは溜息を吐いた。

「さて、じゃあ仕事に戻るとするか」



 二



「と、言うわけでこのデュークは何人も何人も敵を捕縛したのでおじゃりますよ」

 麻呂は目の前で退屈そうに相槌すら打たない有翼人の女性に向かってそう話していた。

 事の発端は、ティアの家を花束と銘菓を抱えて訪れたデュークであった。

 そのデュークはティアの様子があまりにも軽薄なので不安げに麻呂にもっと話すように目で訴えて来た。

 麻呂はうんざりしていたが話した。これで一つの恋が成就するのならと思いながら話し続けた。

「ティア殿、デュークは深手を負いながらも果敢に敵へと攻め入り、最後は海に飛び込んで逃亡を計った首謀者を捕まえたのでおじゃりますよ。夜の海でおじゃる。何も見えず、麻呂達もどこへ船を進めるべきか困惑しながら松明だけは点けておいたのでおじゃります。それを目印に自らデュークは合流したのでおじゃります。そして心肺停止した敵の首謀者に向かって人工呼吸を試みたのでおじゃります」

「ふーん」

 ティアは相変わらず退屈そうに頬杖をついて麻呂の話を聴き流しているようだった。そしてようやく言った。

「麻呂達が松明点けてなければ海を漂うだけで沈んでいたわね」

「おじゃる!?」

「そ、それは確かにそうです。麻呂殿達の機転に私は助けられたのでございます」

 デュークは慌てた口調ながらも正直に述べた。

「その辺り、自覚してるんなら良いんじゃない」

 ティアはそう言うと立ち上がった。

「アタシ、やらなきゃならないことがあるからこれで失礼するわ」

「あ、ティア殿!」

 デュークが立ち上がった。

「お待ちをティア殿!」

「何?」

 ティアは少々不機嫌そうに振り返った。

「正直に申し上げます。私は、あなたに惚れてしまったのです。一目惚れです! どうか、私と付き合っていただけないでしょうか?」

 するとティアは溜息を吐いた。

「悪いわね、間に合ってるわ」

 そう言うとティアは去って行った。

「知らない人ー」

 リンが駆け寄って来た。

「リンが御付き合いするー」

「ハハハハ……慰めてくれてありがとう」

 デュークはそう言うと麻呂を見た。

「麻呂さんにも協力していただいてありがとうございました」

「デューク、今回は残念な結果に終わってしまったでおじゃるが、お主には無限の可能性があるでおじゃるよ。ティア殿は駄目でも、他にきっとお主と引き合う運命の人がいるでおじゃるよ」

「そうだと良いのですが」

「元気を出すでおじゃる! お主は麻呂が羨むほどの色男でおじゃる! そして勇気と根性も兼ね備えている戦士の中の戦士でおじゃる。もしかすれば、気付かぬうちに、多くの女性を虜にしてしまっているかもしれぬでおじゃるよ!」

「色男ー」

 リンが楽しそうに言った。

 するとデュークは言った。

「麻呂殿。本当に、見知らぬうちに私に惚れている女性がいると思いますか?」

「おじゃる!」

「おじゃるー」

 するとデュークは表情を改めた。

「そんなこと考えたことも無かった。ちょっと町を歩いて来てみます。もしかしたら伸びている運命の糸が見えるかもしれない!」

 デュークは駆け出した。

「御邪魔しました!」

 そうして若い戦士は外へ飛び出して行った。

 その三日後、デュークは早くも恋人と出会った。相手は劇場の売れっ子踊り子のリリザだった。

 何でもゆきすぎた行為をしようとしていた悪漢達を夜警にあたっていたデュークが見付け叩きのめしたという。

 デュークも全治二週間の怪我を負ったが、リリザが足繫く病棟を訪れているのだという。二人は恋仲のようだと、その噂を聴いた時、麻呂は心から安堵し嬉しく思ったのであった。

 そして麻呂が病棟を見舞に訪れるとデュークは言った。

「麻呂さん、やっぱり年上の女性は良いですよ!」

 と。

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