第十九話 「密売人逮捕 その二」

 人気の失せた港に衛兵達は散らばりそれぞれ持ち場に着く。

 港には倉庫が並んでいた。

 麻呂達はその中の一つ、第六倉庫の資材や木箱の陰に身を潜めて、麻薬の売人達の到着を待った。

 時刻がどれだけ経つのかは感でしか判断できないが、潜んでもう長かった。まさか、他の倉庫での取引だったのでは、と、麻呂は不安になりながら警棒と火の点っていない松明を手にしていた。

 倉庫は内側から鍵がかけてある。普段と同じ状態だ。

 不意に、倉庫の両開きの引き戸が、重々しい音を立てて開いていった。

 中に五人ぐらいの人物が足を進めてくる。

「ちっ、まだ来てないのか。客を待たせるとはふてぇ野郎だ。これだからエルヘ族ってのは」

「我らを侮辱するなら、この取引は無かった事にしても良いのだぞ」

 後ろから新たな集団が歩んでくる。

「遅いものは遅い。こっちは命懸けなんだ。最近は俺達の情報を売って儲けてる情報屋もいるらしいしな」

「肝の小さな男だ」

「な、何だと!?」

「もしも敵に包囲されているなら殲滅してやれば良いだけの話じゃないか。そのために腕の立つ用心棒を雇っているのだろう? エイカーの衛兵はたかだか三十人程度だと聴いている。我がエルヘの強靭な用心棒五人ぐらいで事足りる。さぁ、取引だ。金を見せてもらおう」

 そうして言葉通り取引が始まった。敵が照らす松明の薄明りの中、幾つかのカバンに詰まった金を見せている。

「うむ、ならば次はこちらだな。それ、見せてやれ」

 エルヘを名乗る側が今度は幾つものカバンに入った、おそらくは麻薬を見せている。

「注文した分だけはあるな」

「当たり前だ。俺達は誇り高いエルヘ族だぞ」

「じゃあ、取引は成立だ」

 その時だった。

「そこまでだ!」

 衛兵長のロビンソンの大音声が木霊し、衛兵達が物陰から次々松明の光りを宿して立ち上がる。

「ちっ、バレてやがったか!」

「フン、そう来なくては面白くない。五人衆よ! 奴らを返り討ちにしろ!」

 屈強そうな男達が五人進み出て来た。

 麻呂は驚いていた。てっきり怖気付いて逃げるものだとばかり思っていたからだ。

「全員逮捕しろ! 逃がすな!」

 ロビンソンの声が木霊し、衛兵達が鬨の声を上げて飛び出して行く。

 だが、立ち塞がる五人衆とやらに食い止められ、打ち倒された。

「そいつらは斬っても構わねぇ」

 五人衆の一人と対峙しながら長柄の斧槍を手にした衛兵長ロビンソンが声を上げる。

「では我々は悠々と帰るとしようか」

「あ、ああ」

 麻薬の取引をしていた男達が部下に囲まれて外に出る。

「逃げられんぞ!」

 ブルダークの声が木霊し、外の衛兵達が立ち塞がった。

「お、おおい、どうするんだ?」

「仕方がない、増援を呼ぼう」

 エルヘの男が口笛を吹く。すると鬨の声が上がり新たな集団が外を固めている衛兵達とぶつかりあった。

「そいつら二人を逃がすな!」

 ブルダークの声が響く。

「おじゃる!」

 麻呂は五人衆を他の者達に任せようとしたが、目の前でデュークが斬られ、足が止まった。

「デューク!」

「ま、麻呂さん……」

 デュークの腹からは血が染み出ていた。

「まだまだ」

 デュークが立ち上がるが、顔を殴りつけられ吹き飛んだ。

「ぐふふふ、次の獲物はお前か」

 屈強な上半身を晒した大男が野太刀を振るってくる。

 麻呂は警棒を捨て、腰の刀の柄に手を掛けた。

「死ねえぇい!」

 大男が野太刀を振り下ろすや、麻呂も刀を放った。

 武器と武器がぶつかり合い、野太刀の方が圧し折れる。

「何!?」

 敵が瞠目する。麻呂はすかさず刀を鞘に戻し素早く放った。

 敵の首元をみね打ちにすると大男は昏倒した。

 さすがは名刀「牙翼」と、麻呂は感心した。

「捕縛をでおじゃる!」

 麻呂が叫ぶとデュークが飛び出し慣れた手つきで敵の腕と脚を縛った。

「デューク、怪我の方は大丈夫なのでおじゃるか?」

「血は酷いですが、急所は外れています。大丈夫、まだいけます。あ、麻呂さん」

「何でおじゃるか?」

「私が強大な敵を捕縛したことを、あの方にさりげなく伝えてほしいのですが」

「あの方?」

「ほら、麻呂さんと一緒に住まわれている有翼人の」

「ティア殿にでおじゃるか?」

「そうか、ティア殿と言うのですね、よろしくお願いします! てやああっ!」

 デュークは剣を手にし新たな敵に挑みかかって行く。

 だが、五人衆は四人衆になったが強かった。衛兵達が良いようにあしらわれ、その剛力の前に吹き飛んでゆく。

 このままでは主犯格達が逃亡してしまう。

「どうしたみんな、鍛錬が足りんぞ! 俺達の町から悪を払い落とすんだ!」

 衛兵長のロビンソンが未だに競り合いを続けながら叱咤を飛ばす。

「俺と対峙したことをあの世で後悔しろ!」

 そして血煙一刀、ロビンソンの怒りの斧槍が五人衆の二人目を斬り殺した。

 麻呂は驚いていた。人が殺されるところを初めて見たのだ。他の者も同様だった。

 血流を噴き上げながら敵は倒れ動かなくなった。

「ボッとするな! 外の奴らの加勢に出ろ! 絶対に首謀者の二人だけは逃すな!」

 ロビンソンは怒鳴り声を上げて場を収拾する。そうだ、敵はこちらを殺しにきているのだ、やらなければやられる。

 麻呂は悪戦苦闘するデュークの間に割り込んで居合を放った。腹にみね打ちを受けた五人衆の生き残りが短い呻きを上げる。

 そこをデュークが素早く剣の腹で渾身の一撃を放ち側頭部を殴打した。

 五人衆の生き残りが倒れる。

「麻呂さん、今の事もティア殿にお伝えください!」

 デュークはせっせと捕縛しながらそう言った。

 このような緊迫した場面なのにと麻呂は飽きれた。

 五人衆も二人となり、そのうち一人はロビンソンと接戦を繰り広げている。残り一人は衛兵数人かがりで包囲している。

「麻呂さん、外の方の加勢に出ましょう!」

 デュークに促され麻呂は外に飛び出した。

 地面に落ちている松明が篝火となり、衛兵と密売人の手下達との戦いを照らし出している。

「うおりゃああっ!」

 ブルダークの両手剣が一人を斬り殺した。だが、間髪入れず敵が襲い掛かる。ブルダークはそいつの攻撃を避けると手を掴んで引き寄せ、腕で首を締め上げた。

「麻呂、デューク! あの二人を逃すな!」

 ブルダークが顎で指し示す先には中位の船があった。そこに駆け込む複数の影が見えた。

 船は桟橋を上げ発進した。

「私達も船で追いましょう! デイビッド、君も来てくれ!」

 デュークが言った。黒のシートで隠してあった小型船に三人は乗り込んだ。

 麻呂とデイビッドは必死になって船を漕いだ。

 デュークは大声で呼んだ。

「そこの船、潔く停止しなさい! さもなければ攻撃を加えさせていただく!」

 しかし先を行く船は止まらない。それに弓矢も常備されていなかった。

「もっと、もっと早く!」

「お前も漕げよ!」

 若手の衛兵デイビッドが必死な形相でそう言った。

「降伏勧告は基本じゃないか」

 デュークが反論する。

「良いから漕ぐでおじゃるよ! このままだと逃げられるでおじゃる!」

 麻呂が言うとデュークは素早く漕ぎ手に回った。

 ぐんぐん小舟の速度が上がってゆく。腕が痛いがここまで来て敵を逃すつもりは麻呂には無かった。

 必死に漕いでいると、敵の船から矢が飛んできた。

 デュークの側にそれが突き刺さった。

「怖くないぞ。私はこの捕り物が終わったらティア殿に告白するのだ!」

 デュークが俄然舟を漕ぐ速度を上げる。

「愛の力は偉大でおじゃる」

 麻呂は呆れながらもデュークに負けじと必死に漕いだ。

 そうして敵の船に追い付いた。もともとそのくらいの船を動かすには充分な漕ぎ手が乗っていなかったのだろう。

「さぁ、追い詰めたぞ降伏しろ!」

 デュークが声を上げ、大胆にも一人で敵船に飛び乗る。

「テメェ!」

 敵が現れデュークと競り合う。

「麻呂、俺達も行こう。ここまで来たんだ、命懸けでやってやるさ」

 デイビッドが片手剣を抜き船に飛び乗る。

「そうでおじゃるな!」

 麻呂も飛び移った。

 そして飛び乗りながら、襲ってくる敵二人を素早く居合でみね打ちにし昏倒させる。

 デュークが危なげなく戦っているので麻呂は卑怯とは思ったが敵の背後から頭を刀の背で打った。

 敵が倒れる。デイビッドが縄で捕縛している間、デュークと麻呂は甲板の端にいる二人の売人の姿を見付けた。

「降伏しろ!」

 デュークが呼び掛けると、矢が返って来た。それはデュークの鎧を破り突き刺さった。

「がっ……。テ、ティア殿、私は……」

 そのまま倒れるかと思ったがデュークは踏み止まった。

「うおおおおっ!」

 そして彼は片手剣を掲げて売人二人に突撃した。

 麻呂も後を追う。

「うるさいハエが!」

 売人の一人、おそらくエルヘ族を名乗る方が、デュークと打ち合う。もう一人の取引相手はその後ろに隠れていた。

 だが、この敵は強かった。デュークのことを打ち倒すと、とどめを刺そうと剣先を倒れる彼に向ける。

 麻呂は間一髪のところで割って入った。

 居合の一撃に敵がよろめく。

「やるようだな」

 敵が言う。そして答える間も与えず斬撃を嵐のように放ってきた。

 麻呂は避け続けた。なかなか手練れている。麻呂はそう感想を抱いた。

 だが、麻呂は冷静に軌道を見切り、居合を放った。

 刃が鞘を滑り、雷光の如く敵の斬撃をすり抜けて胴体を打ちのめした。

「ぐえっ!?」

 悲鳴が上がる。麻呂はすかさず首に一撃を入れた。敵は倒れた。

「ひいいっ!?」

 その後ろに控えていた首謀者のもう一人が狂ったように海に飛び込んだ。

 麻呂もその後を追おうとしたとき、デュークが飛び込んだ。

 暗い。そんな視界の中、荒波が二人を引き離すのが見えた。

「デューク!」

 麻呂は叫んだ。

 と、暗黒の海の中から波に負けじと声が返って来た。

「掴まえたぞ!」

 しかしデュークの姿は見えない。デイビッドが言った。

「悪党どもを俺達の船に移そう。どの道二人じゃこの船は動かせない」

「急ぐでおじゃる!」

 二人はキビキビと縛り上げた悪党どもを引きずり小舟に放り込む。

「デューク、生きてるでおじゃるか!?」

「私はここです!」

 前方から声が聴こえた様に思った。

 麻呂とデイビッドは船を漕ぎつつ目を皿のようにして黒一色の海を見渡した。目印になるよう常備されていた松明もできる限り点けている。

 その時、船縁に手が掛けられた。

 デュークが顔を覗かせる。

「早く、こいつを引き上げて下さい」

 デュークが首謀者の一人を見せながら言った。

 引き上げて分かったが、そいつの心臓は停止していた。

「主犯格だ。麻薬の根源を絶つにも生きていて貰わなければならない」

 それでもデイビッドが嫌そうに言った。

「私がやります」

 デュークは間髪入れず人工呼吸をした。

 すると首謀者は口から大量の水を吐いて蘇生したのだった。

「麻呂さん、今のこともティア殿に伝えて下さいね。いや、やっぱりファーストキスが男だなんて言わない方が良いのかな……」

 そう言うとデュークは呻いて倒れてしまった。

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