第十八話 「密売人逮捕 その一」

 麻呂は夜勤から帰って来たばかりであった。

 日勤のライナとすれ違い、ティアの用意してくれた朝食を食べていた。

 ライナは劇場の踊り子を辞め、今では日中港で働いている。貨物船の荷物運びだった。かなり重労働で、筋力だって使うだろう。てっきりカフェや酒場のウェイターにでもなるのかと麻呂は思っていたが、ライナはその斜め上をいった。麻呂が心配すると彼女は言った。

「大丈夫、大丈夫、力と体力ならアタシ自信あるからね。本当は漁師の仕事も良いかなと思ったけど、朝早いのがねぇ」

 そう言って既に二週間以上続けている。麻呂が非番の日、外から帰ってくる彼女を出迎えるのだが、本当に充実したような顔をしていた。

「怖そうな男の人ばかりだけど、ちゃんと仕事も教えてくれるし、努力さえすればみんな優しいよ。と、言ってもアタシが一番動きが良いんだけどね」

 その眩しい笑顔に麻呂はもう彼女の心配はいらないと思った。横目で同席したティアの顔を見ると彼女も何も言わなかった。

「ライナは力持ちー」

 リンがティアの膝の上でそうはしゃいでいた。

 夜勤から帰り、素晴らしい食事を済ませた麻呂はティアに断りを入れて眠る準備をする。無論、化粧を落とし、入浴も済ませてある。衛兵の仕事は町の規模が大きく、時折起きるいさかいの仲裁が何件も重なると、定時を大幅に過ぎてしまうことがある。その分、お金は貰えるが、家に帰ってすぐに眠って次の仕事に備えなければならなかった。

「さて、寝るでおじゃるよ」

 カーテンの閉めた薄暗い部屋の中で麻呂はベッドに入り、洗い立てのシーツの肌触りに癒されていた。

 まどろみが襲い掛かって来た時だった。

 突然、扉がノックされた。

「何でおじゃりますか?」

 麻呂は慌てて跳ね起き尋ねた。

「アンタにお客よ」

 ティアの声がそう言った。

「麻呂にでおじゃるか?」

 麻呂はすぐにベッドから飛び出し、階段を下り、玄関に向かう。

 そこには同僚の若手衛兵デュークが制服姿で立っていた。

「麻呂さん、お休みのところすみません」

 相手は丁寧に詫びを入れた。

「何の用でおじゃるか?」

「実は衛兵長からの命令で、今夜九時ぐらいに詰所に集まって欲しいとのことです」

「何かあったでおじゃるか?」

「ええ、まぁ。ただこの場で言えません。詳しくは衛兵長から伝えられると思います」

「分かったでおじゃる。言伝感謝でおじゃった」

 するとデュークは言った。

「それにしても麻呂さん、お金持ちの家に住んでらしたのですね。それに、先程の綺麗な女性も。ああ、羨ましい。花でも持参すれば良かった」

「とりあえず、言伝は了解したでおじゃる。デュークは日勤の後、その夜勤に加わるでおじゃるか?」

「ええ。ついてないですよ。何でも大規模な何かがあるらしいです。そこまでしか私も知りません」

 麻呂とさほど年の違わない衛兵はそう言うと辞去していった。

「大規模な何でおじゃろうか」

 麻呂は思案しながら自室に戻り、眠りについたのだった。



 二



 ライナも帰宅し四人揃って食事をした。

 そのあと、麻呂は仕事のため家を出た。

 その際、麻呂も気になっていたのでライナに尋ねた。

「ティア殿は独り身でおじゃるか?」

「うん、そうだけど。やっぱり麻呂も気になるよね。ティアおばさん綺麗だもんね」

「今後ご結婚とかは……」

「無いと思うよ。ティアおばさん、心に決めた人がいるのよ。もうその人は死んじゃってるんだけどね。名前はなんだったけかな。……えーと、母上から教えてもらったんだけどなぁ。ごめん忘れた。黒い甲冑に身を包んだ戦士だったらしいけど」

 麻呂はそのことを思い出しながら夜の賑わいを見せる酒場街を通り過ぎ、静かな道を詰所に向けて歩いていた。

 狭い詰所は満員だった。夜勤と日勤の衛兵達が同時に集ったのだ。制服こそ同じなれど、顔の知らない者も大勢いた。だが、そんな人達からこそ気さくに麻呂に話しかけてくるのだった。

「おお、大道芸人の衛兵ってアンタのことだったんだな。噂は聞いてたぜ」

「いや、麻呂は大道芸人ではなく……」

「よろしく頼むぜ。麻呂さんや」

「いや、麻呂にも本当の名前があるでおじゃるよ。麻呂の名前は――」

 その時だった。

「やぁ、待たせたな」

 衛兵長のロビンソンが姿を見せた。

「今日、全員に集まって貰ったのは他でもない。実は情報屋からタレコミがあったんだ」

 全員が静かに衛兵長の言葉を待った。

「そのタレコミによれば、今夜、日付が変わるぐらいに港の第六倉庫で麻薬の取引があるらしい」

「そのタレコミに信憑性は?」

 ブルダークが尋ねる。

「ある。と、俺は判断する。情報屋にはたんまりと金を掴ませてあるからな。もう一度言うぞ、信憑性はある。極めて高い」

 麻呂は他の衛兵達が緊張の面持ちをするのを見た。

「奴らは船で来るんですか?」

 衛兵の一人が尋ねた。

「そうだ。エルへ島方面から来るらしい」

 エルへ島……。麻呂はその名を聴いて驚いた。エルへ島には麻薬が蔓延っているのだろうか。

「船は二艘をカモフラージュして準備してある。俺達の役目はそいつら全員を逃がさず逮捕することだからな。海上に逃げればそれで追うんだ。配備としては倉庫内に潜む班と、外で包囲する班とに分かれる。俺とブルダークがそれぞれ指揮を執る。各班の内訳は――」

 衛兵長のロビンソンが名前を読み上げてゆく。麻呂は倉庫内で潜んで待ち伏せする班になった。ちなみに衛兵達は三十人体制だ。それを十五ずつ分けた。

「衛兵長、万が一の場合は殺してしまってもよろしいのでしょうか?」

 デュークが心配気に尋ねる。

「ああ、取り巻きは殺しても構わん。だが、それでも極力生きたまま掴まえて欲しい。証人は多い方が良いからな。麻薬の根源を断つことが俺達の、そしてその国の最終目的でもある。では各人の奮闘を無事を期待する。以上。準備にかかってくれ。それから出発する」

 普段は警棒だけの者が多いが、今夜だけはロッカーから様々な刃物を衛兵達は取り出し装備していた。

 こうして衛兵達の集団は人知れず、闇の中を港へ向けて歩んでいったのだった。

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