第十六話 「職探し」
ライナとリンは同室。当然だが麻呂だけ違う部屋になった。
広い屋敷には幾つかの部屋があった。
ふと案内するティアの足がある部屋で止まり、また歩き出した。
麻呂は列の最後尾でその部屋をチラリと覗いてみた。
整然とされている部屋の隅にはクロスボウと木製の鈍器が置かれ、純白の神官の衣装が椅子に掛けられていた。
ティアの部屋だろうか。昔は神官だったとか。麻呂は気になったが、言い出すこともできず皆の後を追った。
そうして飾り気は無いが麻呂もライナも良い部屋を与えられたのだった。
二
翌朝、朝食を終えると麻呂とライナは元冒険者ギルド、現、職業斡旋所目指して出掛けて行った。
ある建物の前に辿り着く。かつての冒険者ギルドの建物だった。
「おはようございまーす!」
ライナが元気いっぱいの声で扉を開け放つ。
すると二十人ほどの人々がこちらを注目して、人差し指を口元で立てたのだった。
「シーーーー」
「あ、すみません」
ライナが謝罪すると人々は各々の目的に戻った。
壁の掲示板を眺めている者、机越しに職員と話をする者と二つに分かれていた。
「御利用は初めてですか?」
生真面目そうだが穏やかな雰囲気を纏った細身の誠実そうな男性が二人のもとに歩いてきた。
「そうです! アタシと麻呂、二か月ぐらいここでお金を貯めてエルへ島に行こうと思ってるんです」
ライナが応じる。
職員は微笑みつつ頷いた。
「でしたら正式な職業よりもアルバイト感覚のお仕事の方が良さそうですね」
職員は二人を誘い椅子に座らせた。机越しに向き合う配置だ。
麻呂は緊張していた。成人したばかりの麻呂が貴族の末っ子としてやってきた仕事はほとんど何もなかった。一日中、居合の稽古や鍛錬ばかりで、国からの書面や領地経営の事務処理などは上の成人した兄達がやっていた。
別の職員が羊皮紙の束を持って来て机に置いた。
カフェの厨房、皿洗い、接客、清掃、船の荷物運び、引っ越し屋に、漁師、警備、それらが一堂に麻呂の頭の中を揺らめかし、彼を混乱させた。
「麻呂さんは、御仕事の御経験は?」
「いや、無いでおじゃる……」
若干みじめな面持ちで麻呂は答えた。
「今はこのぐらいしかないのですが、この中から何かできそうな仕事はありますか?」
「うーん……困ったでおじゃる。麻呂にもよく分からないでおじゃるよ」
自信無くそう言うと職員は人の良さそうな笑みを崩さずに言った。
「腰にあるのは刀ですね? そちらはお得意ですか?」
「得意と言われれば得意でおじゃります」
「だったら警備の仕事なんていかがでしょうか? 衛兵ですね。町の治安維持を主な仕事としまして、町中を歩き回り、喧嘩や争い事を治めたり、不審人物の警戒、職務質問などを行います。時には上司の方に意見を仰いで逮捕したりすることもあります」
「うーん……」
麻呂は呻いた。できそうな仕事ではある。
「麻呂、やっちゃいないよ。ぴったりだと思うよ。警備って時には怪しい奴と斬り合ったりもするんでしょう?」
「そうですね、過激な表現ですが場合によっては、治安活動のため相手の命を奪ったりもします。ですから武器が得意な方なら尚のこと良いと私は思います。いかがです、麻呂さん?」
麻呂は緊張しつつ悩みながら、それでもリンの笑顔の事を思い出した。彼女をエルへ島に届けるためにここまで来たのではないか。
「やるでおじゃる」
「そう思って書類の方は書いといたよ!」
ライナが得意げに言った。
「そうですか、それでは書類の方をお預かりして紹介状を只今発行させていただきます」
職員が席を立つ。
「ライナはどうするでおじゃるか?」
麻呂が問うとライナが言った。
「実はもうここに来る間に見付けちゃってるんだ、楽しそうな仕事」
麻呂がその仕事の事を問おうとしたときに職員が戻って来た。
「麻呂さんの紹介状です。これを持って衛兵の詰所の方まで行ってください」
「分かったでおじゃる」
「ライナさんは、どうしますか?」
「ああ、アタシは別口で見つけたんで心配ないです。審査に落ちたらお世話になろうと思います」
「そうですか。それではお二人の幸運を祈ってます」
そうして二人は斡旋所を後にした。
「ここからは別行動だね」
「そうでおじゃるね。ところでライナはどんな仕事を見付けたのでおじゃるか?」
「まぁ、良いじゃん。ちゃんと決まったら教えるよ。それじゃあね!」
ライナは去って行った。
麻呂は道行く人に尋ねながら詰所の場所へ向かって行った。そしてようやくこじんまりとした目的の建物が見えて来たのだった。
三
詰所には人が三人いたが、例によって最初は大道芸人と間違われた。
「二か月か。まぁ良いさ。腰に提げてるものは立派だが、一つどの程度か腕前を見せちゃくれねぇか。そいつを採用基準にさせてもらおうじゃねぇの」
中年の体格の良い男に言われ、麻呂は前傾姿勢になり刀の柄を掴んだ。
「こいつは、珍しい。居合の構えだな」
その男が言った。
そして麻呂は雷光の如く刀を振るった。
「ひゅー、見えたか? 達人の域だなこりゃあ」
衛兵達は揃って感心していた。
麻呂は刀をしまった。
「採用だ。俺は衛兵隊長のロビンソン。よろしくな」
中年の体格の良い男がそう答えて書類に目を落とし言った。
「麻呂っていうのか。珍しい名前だな」
あっと、麻呂は思った。いつも麻呂が本名を名乗ろうとすると要らぬ邪魔が入る。そのせいで未だにライナにも本名を伝えてられていなかったのだ。
「あ、いや、麻呂の本当の名前は――」
すると他の若い二人の衛兵が立って言った。
「採用おめでとう麻呂さん。私はデュークです」
「よろしくな麻呂。俺はブルダーク」
デュークは麻呂と同い年ぐらいだ。ブルダークはそれよりも年上、二十五、六ぐらいだろうか。そしてまたもや麻呂は本名を告げる機会を失ってしまった。
「まぁ、基本町をブラブラ歩くのが仕事だ。ただここは港町。荒くれ者が多いからな。仕事は結構あるぜ」
衛兵隊長のロビンソンが言った。
「よろしくお願いいたしますでおじゃりまする」
麻呂は三人に向かって頭を下げた。
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