第十四話 「襲撃」

 航海は順調に続いていた。青い青い海は陽光を受けてサファイアのように光り輝いている。

「麻呂、船大丈夫なんだね」

 ライナが言った。

「てっきりさ、うえええっ、酔ったでおじゃるぅぅ~」

「とかなるのかなって心配してたんだ」

 ライナの喜劇と思いに麻呂は微笑んだ。

「船酔いでおじゃるな。乗客の中に何人かそれで苦しんでる人達がいたでおじゃるが、麻呂はどうやら大丈夫みたいでおじゃる」

「船酔いでおじゃるー、船酔いでおじゃるー」

 リンが楽し気にそう囃し立てた。

 朝食は携帯食料を調理したものの他、船員が釣り上げた新鮮な魚だった。

 ライナの家で既に刺身を食したことがある麻呂は、別段気にもせずに、生魚の切り身を食べ、船酔いこそしないものの、その美味には酔いしれた。

 順風漫歩な航海もこのまま続くかと思われたとき、前方から悲鳴が上がった。

「クラーケンだ! クラーケンが出たぞ!」

 船が何かにぶつかって止められた。

 クラーケン……ザンデが言っていた海の魔物のことだろう。

「戦える人は手を貸してくれ!」

 船員の声が響き、数人の乗客が武器を持ち前方に駆け出して行った。

「麻呂も行ってくるでおじゃる」

「アタシも!」

「いや、ライナは、リンのことを頼んだでおじゃるよ!」

 麻呂は駆け出した。



 二



 船の前方左舷に鞭の様な触手を空に泳がさせた大きな影があった。

 居並んだ武器を持った勇気ある人々を、次々太い触手が襲い、その身体を弾き飛ばした。

「うわっ!?」

「ぎゃっ!?」

「ぐえっ!?」

 勇気ある人々は次々吹き飛ばされ、麻呂一人となった。

 幾つもの黒い触手が麻呂に襲い掛かる。

 麻呂はその軌道を見切って三度に渡って物凄い速さで鞘から刃を走らせた。

 三本の触手が半ばから分断され血を噴き上げた。

 しかし更なる触手が二十本以上も海面から伸びあがり、宙を漂った。

「これは防ぎ切れるでおじゃろうか……」

「麻呂!」

 ライナが剣を抜いて隣に並んだ。

「ライナ、リンはどうしたでおじゃるか!?」

「大丈夫、船員さん達に預けてきたわ。それよりも……来る!」

「そこでおじゃるかあっ!」

 麻呂とライナは得物を振るい無数の触手を次々両断していった。しかし、触手は減る気配が無い。

 成り行きを見守る人々の先で二人は肩を揺らして息をしていた。

「キリがないわね……」

「おじゃるな……」

「でも、ここでコイツを斃さなきゃアタシ達、海の藻屑よ!」

「おじゃる!」

 再び触手が襲い掛かる。

 麻呂とライナが応戦する。すると新たな触手が再び襲い掛かって来た。

「ちっ!」

 ライナが舌打ちする。二人とも応戦が間に合わなかった。

 その時だった。二人の間を駆け抜ける影があった。

 その人物は片手剣で次々新手の触手を分断した。

 一時、大量の触手を失ったためかクラーケンの攻撃が止む。

 麻呂とライナもその人物の後を慌てて追った。

 海から巨大な三角の頭が見えた。二つの黒い瞳を持ち、口は大きく裂け牙だらけだった。

「ユースアルク!」

 二人が追いつくや、その人物はそう声を上げて剣を回転させる様に振るった。

 すると剣先から無数の炎の塊が飛び出し、クラーケンの顔にへばり付き燃え上がり始めた。

 クラーケンの顔のあちこちから炎が立ち上り、どこか香ばしく食欲を誘うにおいが漂った。

 触手の反撃が来るかと思ったが、クラーケンは海に沈み逃亡していった。

「ふぅ、終わったようですね」

 その人物は剣を鞘に収めた。

 銀色の長い艶やかな髪をした色白の美しい女性だった。だが、年の頃は麻呂達と同じぐらいだろうか。

「ありがとう、助かったよ。でも凄いね、一人であんなデカい魔物やっつけちゃうなんて」

 ライナが言うと相手は微笑んで頭を振った。

「あなた方がいなければ反撃の機会はありませんでした。御礼と御詫びを申し上げます」

「何で御詫び?」

 ライナが問う。

「あなた方が戦っている間、私は後方でただ反撃の機会が訪れるのを待っていたのです。それが後ろめたく思いまして……」

「そうだったんだ。お役に立てて嬉しいな」

 ライナが言うと相手はキョトンとした表情で応じた。

「怒らないのですか?」

「うん。だってアタシと麻呂はその機会を作り上げるだけで手いっぱいだったし、それを危険をかえりみず利用してくれたんだから、感謝だよ、感謝」

「その通りでおじゃるな」

 麻呂もライナの言うことがもっともだったため同意した。

「そんな、感謝だなんて」

 相手は戸惑ったように言った。

「アタシ、ライナ。こっちは麻呂」

「あ、申し遅れました。私はリシェル・ルガーと申します」

「リシェルって良い名前だね」

「ありがとうございます。ライナさんのお名前も素敵だと思いますよ」

「えへへ、褒められた」

 ライナは照れるように頭を掻いた。

 麻呂は気になったことがあったので尋ねた。

「リシェル殿の剣から炎が飛んだように見えたでおじゃるが、麻呂の見間違いでおじゃろうか?」

「そうそう、アタシもそう見えたよ」

 ライナが同調するとリシェルは答えた。

「見間違いではありません」

「と、いうことは魔法の剣!?」

 ライナが声を上げた。

「そうですね。父から譲り受けました。エルフが打った物だと言われてます。剣を振るうことによって、粘性のある炎を飛ばすことができます」

「凄いねぇ。アタシさ、夜の海戦で火矢の一斉射撃、見たことあるけど、剣一本でそれだけやっちゃうんだね。バルケルの海軍に仕官すれば一発で受かると思うよ。アタシ、バルケルの騎士見習いなんだけど、推薦状書いてあげようか?」

「すみません。御厚意はありがたいのですが、今は武者修行の旅の帰りで故郷のウディーウッドへ戻るところなのです。その成果を両親に見てもらってからこれから先の事は考えようと思います。故郷の道場を継ぐことになるかもしれませんし……」

 生真面目な顔で相手は辞退した。

「へぇ、道場やってるんだ。もしかして師範なの?」

「ええ、父には剣術では及びませんが一応は」

「そうなんだー、凄いんだねぇ、リシェルは」

「ライナさんの騎士見習いの方が凄いと思いますよ」

「謙遜しないしない」

 女性二人はそこで笑い合った。

 そうして再び船が動き出した。

 厳めしい面構えの船長に連れられリンが姿を見せた。

「ライナー、麻呂ー……知らない人ー?」

「リシェルと申します」

 リシェルは腰を落とし、微笑みを絶やさず丁寧にそう名乗った。

 すると船長が言った。

「とりあえずアンタ方のおかげで危機は去った。再び航海ができる、その礼を言わせてもらうよ」

 ライナは胸を張り、リシェルは慌てて謙遜した。麻呂は頷いた。

「アンタ方がぶった切ったクラーケンの脚は今日の昼にでも出そう。楽しみにしておいてくれよ。滅多に手に入らないからな。本当はクラーケンの脳味噌と混ぜて食うのがいけるんだけどよ」

 笑い声を上げながら船長は去って行った。

「そういえば、燃えたクラーケンからお腹がすく様なにおいしてたよね」

 ライナが言った。

「そうですね。クラーケンは高級食材だと聞いたことがあります」

 リシェルが応じる。

「リンも、クラーケン食べるー」

 そうして三人の目が麻呂を見た。

「ライナの家でイカやタコを御馳走になったでおじゃるが、あのような感じなのでおじゃろうか?」

 麻呂は不安になりつつ尋ねた。

「さぁ、それは食べてみてからのお楽しみだね」

「そうですね」

 ライナが言い、リシェルが同調した。

 こうして危機と共に新たな出会いもありつつ航海は続いたのであった。

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