第十二話 「出発前夜」

 結局太刀は引き抜けず、三人はすごすごと下山して行く人々の後に従った。

 そして火山と町との間にあるにわか繁華街の普通の宿屋に入った。

 ライナは食欲旺盛で、ザンデは呆れながら従妹の様子を見ているようだった。

 麻呂はもう慣れっこで、ゆったりしながら彼女が満腹になるのを待っていた。

「すみませーん! 麦酒おかわりくださーい!」 

 客達の談笑する声の間をライナの声が通ってゆく。

「ライナ、お前、旅の最中もこんなに飲んだり食ったりしてたのか?」

 ザンデが尋ねる。

「うん! まぁ大体は」

 ライナは骨付き肉に噛り付きながらそう答え、ニッコリ微笑んだ。

 そして食事を終え部屋へ戻る。

 男女別の二部屋。つまり、ライナとは別で、麻呂はザンデと同室だった。

「ずいぶん、印象の薄い顔になったな」

 ザンデが化粧を落とした麻呂に向かって言った。

 二人は風呂も一緒に入っていた。仲が深まったのか、互いの背中を洗いながらお互いの境遇を話していた。

 ザンデは己の人生に悩んでいた。もう年も二十五、王立アカデミーに入学してした訳でもない。ただただ剣をぶら下げその日暮らしを続けていた。そろそろ定職につかねば親も数だけはやたら多くいる親類達にも色々言われるだろう。それが嫌で家を飛び出したは良いが、結局親類の一つであるライナの家に居候することになった。そこで互いに湯に浸かりながら、麻呂は驚愕の事実を知らされた。

「ライナと俺とは血の繋がりは無いんだ」

「おじゃる!? 親戚なのにでおじゃるか!?」

「ああ。ライナの母上、つまり叔母上と我がクライム家とは本当は血は繋がっていない」

 麻呂は相手の話に耳を傾けた。

「叔母上は俺の伯父貴の一人が訳あって我がクライム家へ参入させた。その訳とやらはあいにく知らんが……。だが、俺にとってライナは大切な本物の妹みたいなもんだ」

 そう言うとザンデは麻呂を真っ直ぐ見た。琥珀色の瞳に真面目な光りが宿っている。

「ライナのことよろしく頼んだぜ」

 麻呂は深く頷いた。

「ライナのことは何があろうと必ず麻呂が守るでおじゃるよ」

 それが風呂場での出来事だった。

「ライナにも似たようなことを言われたでおじゃる」

 就寝前に印象の薄い顔だとザンデに言われ、麻呂はそう答えた。

「ライナはバルケルの騎士見習いだ。俺が後輩になるわけにもいかんしな……」

 再び、ベッドの上で己の人生に迷っているザンデを見て麻呂は言った。

「剣で無ければいけないでおじゃるか?」

「ああ。俺は剣と共に在りたい」

 ザンデは生真面目な顔を落としつつ応じた。

「ザンデ殿の剣の腕ならばどこでも騎士見習いは通用すると思うでおじゃる。そうバルケルに拘らず、サグデン、ヴァンピーア、中央、麻呂の故郷イージア、今少し世界を見て回って将来を決めても良いのでは無いでおじゃろうか。それに身分に拘らず剣を活かすなら衛兵なども良いと思うでおじゃる」

 麻呂が言うとザンデは頷いた。

「衛兵か」

「衛兵なら首都に関係なく、行く先々の町や村で募集されているでおじゃるよ。ザンデ殿ほどの人を衛兵に迎え入れられたなら、その地はきっとどんな悪意も跳ね返す安心安寧の地となるでおじゃろうな」

 するとザンデはニヤリとして言った。

「おだてるなよ。だが、そうだな。俺の剣を必要としているところにこそ俺の居場所があるのだろうな。よし、俺もお前らと同じく旅に出よう。妙な誇りは捨てて、俺らしく生きられる俺の居場所を見つけるために」

「その意気でおじゃるよ、ザンデ殿」

「ザンデでいい。敬語も使うな」

「分かったでおじゃる、ザンデ」

 相手が幾分、悩みが解けたような顔していたため麻呂は安心した。ザンデは吹っ切れたのだ。己の進む道を邁進し、居場所を見付けられることを麻呂は願いつつ、消灯となったのだった。



 二



 バルケルに戻るとライナの母とリンが出迎えてくれた。

「麻呂ー、ライナ―」

 リンが手を振った。

「リン、たっただいまぁ!」

 ライナが駆け出してその身体を掴んで持ち上げた。

「ザンデも一緒だったのか」

 ライナの母が言った。

「母上、兄貴の考えでアタシ達三人がかりで剣を引き抜こうとしたんだよ」

「でも駄目だったか」

 ライナの母が言い、ライナが頷く。

「あの太刀がどうして抜けなくなったのかは知らぬが、こうなると、もはや常軌を逸した何らかの天命が作用しているのかもしれぬな。太刀が己に相応しい人物を待っているのかもしれない。あるい必要とされる時代が訪れるのを」

 ライナの母が言った。

 そうして一行は夕食の席に着いた。

「エイカーへの道のりは陸路と海路と二つあるが、麻呂殿はどう行かれるのか?」

 陸路は来た道を西へ引き返し、南の都アルマンから南下する道だ。海路は簡単で、ここからエイカー行きの船に乗ることだ。陸に沿って西へ船はエイカーを目指す。

「船の方が安心で早いと思っているでおじゃります」

 麻呂は少し考えてからそう答えた。

「安心とも言えないぜ。海にはクラーケンとか魔物がいるからな。海賊だっていつ現れるか分からねぇ」

 ザンデが言った。

「そんときゃ、アタシと麻呂とで退治すれば解決だよ」

 十と何杯目かの酒を呷るとライナが胸を張って答えた。

「海賊の脅威は無いだろう。我がバルケル艦隊が遠くまで巡回しているからな」

 ライナの母が言った。

「我がバルケル艦隊でおじゃりますか? 失礼でおじゃりますが、御母上殿は何か御身分をお持ちの方でおじゃりましょうか?」

 するとライナが応じた。

「母上はバルケル兵士団の副団長だよ」

「副団長の御身分でおじゃりましたか!?」

 麻呂が驚くとライナは鼻高々に言った。

「オッホッホッホ、凄いでしょう! さあ、分かったら我が母君を恐れ敬え! この麻呂助め!」

「やめないか、酔っ払い娘」

 ライナの母はそう言って隣に座る娘の頭を軽く叩いた。

「とりあえず、海路で向かうのだな?」

 居心地が悪そうに咳払いをしてライナの母は麻呂とライナに尋ねた。二人は頷いた。

「出発はいつに?」

「リンを早くおじいちゃんに会わせてあげたいからね、明日の朝、一番の船で出るわ」

 ライナはそう言うと麻呂をチラリと見た。

「そうでおじゃるな」

 麻呂は頷いた。

 程なくしてライドも学校から戻り、食卓は賑やかなものとなった。

 深酒し、すっかり酔っ払ったライナは弟のライドに絡み始めた。

「母上、助けて下さい! 姉上、お酒臭いです!」

「こら、やめないか、ライナ!」

 ライナの母は呆れて止めつつもこちらを向いた。

「麻呂殿、このように手のかかる不束な娘だが、どうぞよろしく頼む。リンのことも」

「御母上殿、麻呂が責任を持って二人を守るでおじゃります。この命に代えてでも」

 そのリンは既に寝息を立てていた。

「騒ぐなら程々にな。ガキが起きちまうぞ」

 ザンデがそう言って、羽織っていた黒い外套を幼い少女の肩に優しく掛けた。

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