第十一話 「勇者の火山」
ライナの母とリン、そして愛用していた剣の残骸を手に未だに泣きそうな気配のザンデに見送られ、麻呂とライナはバルケルの北にある「勇者の火山」を目指した。
「麻呂って強いんだね」
町を抜けてからライナが唐突にそう言った。
「初めて見たけど、ああやって鞘から勢いよく刀を走らせて斬るのって、イージアの剣術なの?」
確かにイージアには麻呂の様にこの居合を好む者達も幾ばくかはいた。だが、ライナの口ぶりから察するに、他の領地では抜刀術は盛んでは無いようだった。
「他の領地のことは知らぬでおじゃるが、イージアではこの居合を自らのものにしている者も多いでおじゃる。麻呂の四人の兄上達もでおじゃるが」
「へぇ、そうなんだ。麻呂も加えて五人兄弟で迫って来られたら何か怖いかもね」
二人は黙々と歩き続けた。
麻呂は火山までの道のりは寂れた場所を通るものだと思っていたが、実際は違った。
左右に食べ物の露天商が居り、大きな石の炉に赤々と火を灯した鍛冶屋の姿もある。その他幾つもの宿屋の建物が立っていた。
既に一日歩き通しで日も暮れてきていた。
商人達はそれを見越してこの場に宿を立てたのだろう。事実、ここは勇者の火山を既に訪れた者、麻呂達と同じくこれから向かおうとする者に溢れていた。
「あーあ、すっかり賑やかになっちゃって」
ライナが呆れたような悲しいような声でそう言った。
「暗くなって来たでおじゃるし、今日はここのどこかの宿に泊まることにしようでおじゃるよ」
「そうだね。じゃあ、適当にここにする?」
「お、おじゃる!?」
麻呂は目の前の宿の看板を見てびっくりした。そこの看板の絵ときたら、男女の顔が向かい合って顔を近付けていて、その中心にハート型がついていたからだった。
ここは普通の宿屋とは違う。愛し合う者同士が更に愛を深める時にこそ相応しい場所だった。
「いや、ライナそこは止めて別の宿にしようでおじゃるよ!」
「うん、良いけど?」
ライナはキョトンした顔でそう言った。
何でこんな建物がこんなところにあるのだろうか。
訝しく思いながら麻呂はライナを連れて別の普通の宿に入ったのであった。
二
やはりライナはよく食べ、よく飲んだ。見ていて気持ちのいい食いっぷりだった。
翌朝、二人は露天商も宿の建物も無い、本来の殺風景な岩と木々と草に囲まれた道を歩いて行った。
無論、二人だけではない。前にも後にも戦士風の者や、観光目的の人々の姿があった。
火山の入り口に到達する。急勾配の坂道が続いていた。
そうして時間をかけて二人は他の者達と共に岩だらけの山を登って行った。
山頂に到着する頃には昼近くになっていた。
汗で顔の化粧が流れ落ちそうだった。
前方には長い長い列ができている。
「おい、引っこ抜けないならいい加減どいてろよ!」
「時間だぞ! どけよ、往生際の悪い!」
火口に流れる空気は殺伐としていた。誰もが自分こそが、かの太刀を引き抜いてみせる。という自信と、他人に先に引き抜かれたらという焦る気持ちに包まれているようだった。
とぼとぼと悲し気に山頂を後にする人々が過ぎる一方、意気揚々と列は進んでいった。
そのうちに麻呂にも大地に突き立つ太刀の影が見えて来たのだった。
その柄を握り締め引き抜こうとする者達と、口に出して時間を計っている何者かの姿が見えた。
太刀は大きかった。このような大太刀を野太刀とも言うのだが、この並外れた太刀を振るえる者が事実いたのだ。ズバリ、太刀の下に眠るライナの母の仲間だ。
「はい、一分。次の方」
悪態をついて去る者、勢い勇んで太刀を引き抜きに挑む者達がすれ違う。
「あれは絶対、強力な接着剤を使って地面に沈めてるんだ」
そんな声も聴こえた。
一分ずつ、謎の人物に計測され、人々は去って行く。そして麻呂の番になった。
近くで見れば見るほど大きな太刀だった。柄の長さは大人の手、六つ分ぐらいはあるだろうか。鍔の無い飾り気のない物だった。
「はい、早く掴んでね。時間は一分だよ」
謎の人物がそう言った。が、服の刺繡に「バルケル観光協会」と記されていてようやくその素性が分かったのだった。
「何が観光協会よ。ここは母上の仲間のお墓なのに」
ライナが忌々し気に言うのが聴こえた。
麻呂は地面に突き立った太刀の柄を握り締め引き抜こうとした。
が、太刀はビクともしない。差し込んである場所からは土くれ一つも落ちなかった。
「はい、あと三十秒」
バルケル観光協会の者が冷淡に言い、麻呂は全身全霊を込めて太刀を引き抜きにかかった。
「はい、一分。ほら離れて離れて」
まるで野良犬を追い払う様に観光協会の男は言った。
麻呂は渋々下がりつつ、自分ならば、この太刀が抜けるのではないかという淡い期待を抱いていたことを思い知った。
次はライナの番だった。
「母上のためにも、お墓を移すためにも!」
観光協会の者が声で計測を始める。
ライナも顔を真っ赤にし、呻き声を上げながら足を踏ん張らせ、太刀を引き抜こうと懸命だった。
「はい、時間です。下がって下がって」
無情にもそう告げられ、ライナは落胆して太刀から離れた。
「次の方、お早く」
観光協会の者が言うと、次の男が引き抜きに掛かっていた。
ふと、その姿が目に入った。
黒い外套、紫色の髪の毛は間違いなくザンデ・クライムだった。
「ザンデ殿!?」
「え、兄貴!?」
驚く二人を無視しザンデも太刀を引き抜きに掛かった。
「はい、時間です」
結局、ザンデも引き抜けなかったが、彼は二人を見て言った。
「お前らも力を貸せ」
「え? それって?」
「ああ。三人がかりで引っこ抜くぞ」
するとブーイングが飛んだ。
しかし麻呂とライナは頷きザンデと共に太刀の柄を握り締めた。麻呂の手にライナの広い手が重なった。
「仕方ありませんね。三十秒だけ認めます」
観光協会の男が言った。
ブーイングが飛ぶ中、三人は声を張り上げ太刀を引っ張り上げようとしたが、それでもビクともしなかった。
「はい、おしまい。速やかに下がって下さい」
観光協会の男がまたも野良犬を追い払うかのように言った。
「ちいっ、三人がかりなら少しは動くかと思ったのによ」
ザンデが言った。
「兄貴、そのためにまたここに来たんだ」
「ああ。ここは本当は叔母上の仲間の墓なんだろう? 叔母上がいい加減墓を移したいと嘆いているのを聴いてな。お前らとなら上手くいくかと思ったんだが」
「駄目でおじゃったな。無念でおじゃるよ」
「ああ」
ザンデはガックリと肩を落とした。
だが、麻呂はザンデを見る目が変わっていた。実力はあるが人を嘲笑ってばかりの男かと最初は思ったのだが、今では違う。このザンデがライナの母の思いのために一肌脱ごうとしたことは実に素晴らしく、麻呂の気持ちを優し気にしたのだった。
「ザンデ殿、麻呂達は少々いがみ合っていたでおじゃるが、これからはもう少し仲良くなろうでおじゃる」
麻呂が手を差し出すと、ザンデは驚いたようにこちらを見詰め、その手を握り締めた。
「大道芸人だなんて言って悪かったな。よろしくな、麻呂」
二人は微笑み合ったのであった。
太刀は引き抜けなかったが、新たな素晴らしい友を得た。麻呂はそのことに満足したのだった。
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