第十話 「名刀牙翼」
明朝、麻呂はライナに案内されて待ちに待った「勇者の火山」へ赴くことになった。
リンをライナの母に預けて、ちなみに弟のライドは神官学校へと元気に登校していった。それを偶然麻呂が見送る形になったのだが、その時に言われた。
「手のかかる姉ですが、何卒よろしくお願いします」
実は夕べ、食事の席で、麻呂とライナがリンのためにエルへ島、いや、まず港町エイカーに向けて旅立つことを話したのだ。
年の割にしっかりと丁寧に述べられ麻呂は感服し、頷き、ライドと男の握手を交わしたのであった。
玄関口でライナの母とリンに見送られ出掛けようとした時だった。
「ライドから聞いたぜ、そこの大道芸人風が、マロとか言う奴だな?」
若い男の声が聴こえた。
「あ、ザンデ」
ライナが言った先には一人の男がいた。男は黒い外套をはためかせつつこちらへ歩いてきていた。
「こらザンデ、四日も帰らず、どこで何をしていたのだ!?」
ライナの母が怒った。
「叔母上には申し上げてから出かけるべきでしたが、実はちょっとした気まぐれで勇者の火山に登って参りました」
別段悪びれる様子もなく言うこの男は、麻呂よりも幾つか年上の若い男だった。髪の色は紫色で体格はやややせ型だが、貧相というわけでもなかった。腰には立派な長剣を佩いていた。
「よぉ、ライナ」
「兄貴、久しぶりじゃん。来てたんだ」
相手が言うと、ライナは嬉しそうにそう答えた。
麻呂は首を傾げた。
ライナといい弟のライドといい、髪の色は母譲りの金色だった。このザンデがライナの兄なら、彼はまだ見ぬライナの父親似なのだろうか。
「クハハハッ、大道芸人さんよ、お前が考えてることは分かるぜ。何で髪の色が違うのに兄貴って呼ばれたのか、そうだろう?」
ザンデの言葉に麻呂は頷いた。
「俺はライナの従兄だよ。ザンデ・クライムって言うんだ。よろしくな」
相手が手を伸ばす。麻呂も手を伸ばそうとしたとき、不意に向こう側が手を引っ込めた。
「そう気安く握手すると思ったか? 大道芸人風のふざけたかっこうした奴によ」
意地悪く相手はそう述べた。
「兄貴、麻呂はふざけてこんな顔と格好してるんじゃないよ! イージアから来たの! そこの御貴族様はこういう化粧をするんだよ! ね、麻呂?」
「おじゃる」
ライナが弁護してくれたおかげで麻呂は安堵した。自分が語るよりはおそらく信憑性があった。
「麻呂殿は、貴族だったのか」
ライナの母が軽く驚いてそう言った。恐縮しそうな雰囲気だったので麻呂は告げた。
「御母上殿、今は麻呂は貴族ではおじゃりませぬ。武者修行をする一人の剣士でおじゃります」
するとザンデが大笑いした。
「貴族か。尚更、ぶちのめしたくなった。世間知らずのお坊ちゃんにライナのことは任せられないな」
麻呂は侮辱されているのを自覚していたが怒りも湧いては来なかった。相手の様子をその間に素早く観察していた。その脚のしなやかさや、腰にある鞘越しの長剣の種類、露出している腕の逞しい筋肉などをつぶさに見ていた。
偉そうなことを言うだけの実力はあるだろう。麻呂はそう判断した。
「そういえば、麻呂ってどのぐらい強いの?」
ライナが今更ながらそう言い、変な空気が流れた。ライナの母の顔も険しくなっている。麻呂の実力を疑われているということだ。大切な愛娘と幼い少女を連れて旅をする。それに値するかどうか、ここでその資格を見せねばならないだろう。
「ザンデ殿も、剣をたしなまれる様でおじゃるな」
「まぁな」
「では、この場にて麻呂と一勝負していただきたいでおじゃる」
するとザンデは再び大笑いした。
「俺が言おうとしたことが分かったか。よし、良いだろう。悪いが真剣でやらせてもらうぜ。万が一の時は叔母上が治療して下さる。麻呂とか言ったな、その勝負受けてたとう」
ザンデが腰から長剣を抜き放った。
麻呂は腰に提げた刀の柄に手を掛けたまま、前傾姿勢を保った。
「見ない構えだな」
ザンデが言った。
ライナの母は止めようとはしない。やはり麻呂の実力を見ておきたいのだろう。それは当たり前のことだ。
潮風が吹き荒れる。
どこかで物が落ちる音がした時だった。
ザンデが目にも止まらぬ速さで斬りかかって来た。
麻呂も素早く鞘から刀を抜き放った。
両者の得物が激突し、そして半ばから折れた二つの刃が宙を舞った。
「な!?」
ザンデが驚きの声を上げた。
「おい、嘘だろう、ドワーフが打った剣だぜ!? それがそんなひょろっちいのに圧し折られるだなんて」
「勝負は引き分けとする!」
そうライナの母が声を上げた。
麻呂は半ばから失われた愛刀の様子を見て相手の剣の太刀筋がどれだけ強大で鋭かったのかを思い知った。
「マジかよ。どんだけバイトして貯めたと思ってんだ? 嘘だろ、おい」
自慢の剣だったらしくザンデが肩を落としてそうブツブツと言っていた。
「偽物掴まされたんじゃない?」
ライナが言うと、ザンデは激しく頭を振った。
「いや! 本物のはずだ! 俺の目に狂いは無かった!」
「麻呂殿の実力を疑って申し訳なかった」
ライナの母がそう言って頭を下げた。
「この不肖の甥ザンデは、叔母として言うのもなんだが剣の腕だけは一族の中でも秀でていた。その一撃を見事に見切り粉砕した。ザンデほどの実力があるならば、旅をするにもリンのことを十分守れるに足りるだろう」
ライナの母は心からリンのことを愛していたようだ。それが麻呂には嬉しかった。
「良い機会だったと思うでおじゃります」
だが、麻呂は困った。予備の刀は無い。自分は刀しか扱ったことが無かった。このバルケルに刀が、それもちょっとやそっとでは折れず同時にしなやかさを保つ逸品が存在するのかが大きな気掛かりだった。
「麻呂殿、ちょっと待っていてくれ」
ライナの母が家の中へ飛び込んで行った。
「あ、もしかして」
ライナの方も何か察したらしく庭の方へ駆けて行った。
そうしてライナの母が再び姿を現した時に、その手には刀が握られていた。
質素な彫刻と装飾の施された鞘に収まっていた。
「これは牙の翼と書いてガヨクという。我が夫が教会より与えられたものだが、あいにく我が家系では刀を好んで使う者がいないため、ほこりを被っていたのだ。あ、いや、本当にほこりを被っていたわけではない。ちゃんと手入れはして保存はしていた」
そしてライナの母は「牙翼」を差し出した。
「どうだろうか、麻呂殿、あなたに使いこなせそうか?」
麻呂は受け取りゆっくりと刃を引き抜いた。
鏡の様な刀身が麻呂の顔を映し出す。柄を握る手にも違和感はなく、むしろしっくりしていた。そして切っ先まで眺め、麻呂はこれこそ究極の逸品だと感じた。
「持って来たよ」
ライナが現れた。その手には太い緑色の滑々してそうな木が握られていた。
「麻呂殿、これは竹という植物だ。我々の前でこれを試し斬りしてみせてはいただけまいか?」
ライナが地面に竹をさすとライナの母がそう言った。
「貸せ!」
突然、ザンデが割り込み、麻呂から刀、牙翼を奪って身構えた。
「ザンデ!」
「黙っていてくれ叔母上! 俺だって剣士だ。刀ぐらい扱える!」
ザンデが力の限り刀を振るったが地面から竹が倒れただけだった。
「ち、ちく……!」
「ザンデ、気持ちは分からんでもないが、刀を麻呂殿に返すのだ」
ライナの母が言い、ザンデは刀を麻呂の手に押し付けた。
ライナが再び竹を地面に突き立てる。
麻呂は鞘に収まった刀の柄を握り、前傾姿勢になって精神を集中させた。
そして放った。
一瞬の間の後、鋭い風の音色と共に竹は二つに分かれたのであった。
「ちいっ!」
ザンデが忌々しそうに言う。
「麻呂殿、技量を見せて頂いた。見事だ。その牙翼を今回の旅が終わるまで貴殿に貸して差し上げよう」
ライナの母が言い、麻呂は恐縮しつつ頷いた。
「御母上殿、この牙翼を持って、旅の道中、リンとライナを必ず守ってみせるでおじゃります」
麻呂が答えると満足そうにライナの母は頷いたのであった。
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