第八話 「バルケル」

 詰所に賊達を送り届けた後、ライナとリンが所用で離れていたため、麻呂はグシオン・ノヴァーと共に詰所近くに佇み尋ねた。

「貴殿は出身は何処でおじゃるか?」

「俺の生まれは北西のリゴ村の先にあるヴァンピーアだ」

「ほぉ、そうでおじゃったか」

 かつて麻呂達が生まれる前にそこは大陸を二分する闇の者達の居城だった。だが、戦争で勝利しこちら側が、つまり光りの神を信仰する側がその領地を手に入れたのだ。今では長らく闇の者へ対峙する前線基地となっている。

「太守は確か勇者と名高いバルバトス殿でおじゃったな」

 グシオン・ノヴァーは頷いて返しただけだった。

「しかし、故郷を離れて貴殿はどこへ向かうつもりでおじゃるか?」

「イージアだ。今は武者修行中の身でな。南の旅を終え、こうして再度北へ向かっているところだ」

「そうでおじゃったか。実は麻呂達も武者修行中の身で、南に向かうのだったら御一緒できればと思ったのでおじゃるが」

「せっかくの誘いだが、南は踏破した。俺は北へ行く」

「それは残念でおじゃる……。ん? 南は踏破したと言われたが、エルへ島の噂について何か知らぬでおじゃるか?」

 するとグシオン・ノヴァーは苦い顔をして応じた。

「エイカーから船で行ける。が、外部の者へは厳しく無駄に誇り高い者達が住んでいる。それに金にはがめつい。俺は上陸したは良いが、そう言った手合いに次から次へ難癖をつけられ、法外な金を次々むしり取られた。だからその島に居られなくなり早々に後にした」

「そうでおじゃるか。うーむ、エルへ島の場所が確定しただけでも良かったと思ったでおじゃるが、難儀な場所のようでおじゃるな」

「その通りだな。御蔭で酒場で皿洗いを二月ぐらい続ける羽目にもなった」

「むしり取られた旅の路銀のためでおじゃるな」

「そうだ。お前達もエルへ島へ行き、そこで成すべきことがあるのなら金だけは多めに持って行った方が良い」

「心しておくでおじゃる」

「ではそろそろ行くとしよう。旅の幸運を祈る」

 グシオン・ノヴァーは去って行った。

 その背を見送りながら、できれば共に旅をしたかったと、麻呂は思ったのであった。


 

 

 二



 宿の食堂で昼食をとりながら、麻呂はライナにグシオン・ノヴァーが教えてくれたことを話した。

「まぁ、悪人だったけれど、アルト・クローデも一応本当の事は言ってたんだ」

 ライナが肉を切り分けながら言った。

「分からないでおじゃるよ。適当に言って麻呂達の進路を先回りして待ち伏せするためだったかもしれぬでおじゃる」

「結局、そうなったよね」

 ライナが肉を平らげ給仕を呼んで注文する。

「とりあえず、すぐにリンのおじいさんが見付かるとも限らないから、うんと、お金持って行った方が良いわけね」

「そういうわけでおじゃる」

「でも、エイカーでの宿代だけは浮くかもしれないわよ」

「どういうことでおじゃるか?」

「知り合いが住んでるのよ。アタシが頼めば絶対麻呂のことだって泊めてくれるから安心して。それに大きい家なんだから」

「そうでおじゃるか。滞在費が浮くのは良いことでおじゃるが、厚かましく無いでおじゃろうか?」

「大丈夫、大丈夫、良い人だから」

 そうして食事を終え、三人は町の入口へ向かった。

 再び旅が始まった。



 三



 最初の目的地はバルケルと、勇者の火山である。

 進路を南へ進み、やがて東へと向ける。バルケルは最も東にある。

 幾つもの町や村を通り過ぎ、時には野宿を重ね、三人は旅を続けた。

 そうして行く手の左手に大きな山が見えた時、麻呂は胸を躍らせた。

「ラ、ライナ、あれが勇者の火山でおじゃろうか!?」

 ライナは笑って言った。

「そうだよ。うーん、だんだん家に帰って来たって気になってきたわね」

 ライナは伸びをした。

「ライナの家があるのー?」

 リンが尋ねて来た。

 ライナはその頭を撫でながら言った。

「そうだよ。バルケルでは海のお魚食べられるから楽しみにしていて」

「うん、楽しみにするー」

「麻呂にも借金返せるから、楽しみにしていてね」

 ライナは終始上機嫌でそう言った。



 四



 港町は活気に溢れて来た。

 風に乗って初めて嗅ぐにおいに麻呂は顔をしかめた。

「潮風が気持ち良いでしょう?」

 ライナが言った。

「ライナ―、このにおいなぁにー?」

「これはねぇ、海のにおいだよ」

 市には大小様々な鮮魚や、野菜、果物、貴金属、骨董品などが並べられ、商人達の声が木霊していた。麻呂はこれほどまで人に溢れ、生気がみなぎっている市を見たことはなかった。

 イージアにも海があればもっと人に溢れるのだろうか。

 そんなことを考えながら人々の間をすり抜けるようにして歩き、ライナの後についてゆく。

 市も遠ざかり、しばらく歩くとライナが言った。

「ほら、あれがアタシんち」

 彼女が指差す方角にはなだらかな丘があり、その頂上に軍旗の翻る大きな屋敷が見えたのだった。

 麻呂は度肝を抜かれた。あれは太守の家に違いない。だが、麻呂の記憶によれば、太守はソウ・カンと呼ばれる人物だったはずだ。

 ライナの姓は確かグラビス。これはどういうことだろう。

 ライナが歩んでゆくと、麻呂とリンも後に続いた。

「あ、もしかして二人ともあの大きな屋敷がアタシの家だと思ってる?」

「おじゃる」

 麻呂とリンは同時に頷いた。

 するとライナは苦笑いした。

「あそこは太守様のお屋敷だよ。うちはここ」

 そう言って丘の途中に聳え立つのはこれまた大きな家だった。

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