第七話 「武闘大会を終えて」
「二人ともたっだいまぁ」
ライナが戻って来た。
「ライナー」
リンが諸手を挙げて彼女を出迎えて飛び付く。
「お疲れ様でおじゃる」
麻呂はライナの預かっていた装備を持ちながらよろめきつつ歩み寄って行った。実際のところライナの装備は鉄製品ばかりで重量も予想以上だった。普段から重い鎧を着ているからこそ、大会で軽装だった彼女はあそこまで早く動けたのかもしれない。
「それと優勝おめでとうでおじゃるよ」
「ライナー、おめでとー」
二人に言われ、ライナは照れ笑いを浮かべていた。そして決まりが悪そうに言った。
「でも、実際の戦場だったら、やられたのはアタシの方だった」
ライナとグシオン・ノヴァーの相討ちの際の話だと麻呂はすぐにピンときた。
グシオンの斧の刃が潰れていなかったら、相手をダウンさせることはできても、ライナは胴から真っ二つだっただろう。
「でも、勝ったのはライナでおじゃるよ」
「おじゃるよー」
「アハハッ、ありがとう二人とも。さてやるべきことをやっちゃおうか」
麻呂は即座に思いついた。
「エルへ島の聞き込みのことでおじゃるね?」
「そうそう、まだ会場には人が残ってるし、アタシ一応優勝者だからそれなりに相手してもらえるかもしれないからね。これを活かさない手は無いでしょう!」
そういうわけで三人は会場に残っている観客達にエルへ島のことを聞いて回った。
だが、人々は首を振るばかり。そんな中、一人の男が歩み寄って来た。
「エルへ島の噂なら聞いたことがあるぜ」
それは大会三位のアルト・クローデという短剣使いだった。準決勝でグシオン・ノヴァーの前で敗退している。ギョロギョロした目をし、口元には薄気味悪い笑みが漏れていた。リンが麻呂の腰の帯を掴んできた。
「ホント!?」
ライナが目を輝かせる。
「ああ。エルへ島はエイカーの南にある」
殺気こそ感じさせなかったが、アルト・クローデは不気味な笑みを浮かべつつそう言った。
「エイカーの南ね。ありがとう」
「ああ、じゃあな」
相手は去って行った。リンが麻呂の帯から手を放した。
「意外と早く見つかって良かったね」
ライナが満面の笑みで言った。
エイカーは最南端の港町だ。そこからエルへ島に向けて船が出ているということだろう。
「リン、良かったね。アタシと麻呂の都合でちょっと寄り道はしちゃうけど、エルへ島に連れて行ってあげるからね」
「うんー」
リンは嬉しそうに頷いた。
その晩は祝勝会だった。
宿の食堂は大いに盛り上がったが、それは大会を見に来ていた観衆達が目敏くライナの姿を見付けたからだった。
ある者は握手を、ある者はサインをねだった。
ライナは機嫌よくそれらに応じていた。
ライナがなかなか相手にしてくれないのでリンはふくれっ面をしていた。麻呂は苦笑しそれを見ていたが、離れた席にアルト・クローデが人相の悪い数人の男達と何やら話し合っている姿を見付けた。アルト・クローデはおそらく堅気の人物では無いだろうと麻呂は思った。そう思うとともに、相手がエルへ島の位置を教えてくれたことが気になった。
もしや嘘の情報では無いだろうか。
だが嘘をついて何になる?
「麻呂ー、食べないのー?」
リンが尋ねて来た。
「食べるでおじゃるよ。リンもお腹いっぱい食べると良いでおじゃる」
「お腹いっぱい食べて良いのー?」
「勿論でおじゃる」
そう言ったのが間違いだったのかもしれない。
リンも小柄な体に似合わずまた大食いだった。
次々麻呂に向かって料理を注文させる。
そのうちライナの方も一段落し、こちらも休む間もなく飲み食べ、給仕を呼びつけて注文を繰り返していた。
麻呂は財布の中身を確認し、多めに路銀を持って来てきたものの早くバルケルに行き、ライナに借金を返して貰わなければこの先危そうだった。
二
木々と茂みに囲まれた街道を三人は行く。例によってリンを真ん中にし麻呂とライナがその左右で幼子の手を握っていた。
ライナは上機嫌だった。
「リンのお父さんってどんな人?」
ライナが唐突に尋ねるとリンの顔が曇った。
「リンねー……。お父さんとお母さんいないのー……」
麻呂とライナは顔を見合わせた。ライナは愕然とした顔をしている。
「でもねー、おじいちゃんがいるのー」
その言葉を聴いて麻呂とライナはホッと安堵した。天涯孤独の身では無いということだ。
だが、不安げなライナの顔がこう告げている。
もしもその祖父が死んでしまったらリンは誰を頼れば良いのだろうかと。
「周囲の協力が得られない場合は、麻呂達で何とかするしかないでおじゃろうな」
「そうだね、乗り掛かった舟だもんね」
その時だった。
前方の左右の茂みから幾つかの人影が現れ立ちはだかった。
麻呂はその顔の幾つかに見覚えがあった。昨晩、アルト・クローデと共にいた者達だ。
殺気を感じ、麻呂とライナはリンを庇った。
「その方ら、アルト・クローデの仲間の者達でおじゃるな!」
麻呂が言うと、キヒヒヒヒッと高笑いが聴こえ、アルト・クローデ本人が茂みから現れた。
「南に向かうならここを通るしか道はない」
アルト・クローデが言った。
「もともと南へ行くつもりだったけど、エルへ島がエイカーの先にあるって言ってたのは嘘だったりするわけ?」
ライナが背中の剣、キルケーの柄に手を掛けながら睨みを利かせて尋ねた。
「さあ、どうだろうね? キヒヒヒッ」
相手はアルト・クローデを入れて六人だった。リンを庇いながらの戦いになるだろう。そう思っていた時だった。
「やはりこのような事になっていたか」
背後から若い男の声が聴こえた。
皮と金属を縫い合わせた鎧に身を包み、長柄の大斧を手にしている。間違いなく大会準優勝のグシオン・ノヴァーだった。
「お前達のような者が優勝者の賞金目当てに動くだろうことは俺には分かっていた」
グシオン・ノヴァーは麻呂達の前に立ち背を向けた。
「子供を庇っての戦いは厳しいだろう。ここは俺に任せてくれ」
グシオン・ノヴァーが言うと、アルト・クローデが怒り狂ったように言い放った。
「一度俺様に勝ってるからって良い気になるなよ、このクソガキ! お前ら、やっちまえ!」
アルト・クローデの声に手下達が襲い掛かって来た。
グシオン・ノヴァーは大斧を薙ぎ払ってそれらを吹き飛ばした。起き上がる者はいなかったが、血も流れていなかった。
「俺は確かにお前に比べればガキだが……もう一度、ここで準決勝戦をやってみるか? お前が勝ったら俺の準優勝の賞金をくれてやる」
「この野郎、俺様を舐めるのも大概にしろよ!」
短剣を二本持ち、アルト・クローデが打ち掛かって来た。
グシオン・ノヴァーはそれを受け止める。そして素早く武器を翻し、柄の先端で相手の腹を打ち、頭に刃の反対側を振り下ろした。
「ぐえっ」
アルト・クローデは倒れた。
「かたじけない、助かったでおじゃる」
麻呂が礼を言うとグシオン・ノヴァーはこちらを振り返って軽く頷いた。麻呂と同年代のようだった。端正な顔立ちをしている。これは確かに女子なら虜になるだろう。
「いや。もしかしたら要らぬおせっかいだったかもしれないな」
グシオンは、麻呂とライナを見て言った。
「お前達二人なら、この程度の奴に遅れは取らなかっただろう」
「へぇ、戦ったアタシの実力を知ってるのは当然だけど、麻呂の実力も見抜いてるんだ」
ライナが感心するように言った。
そうしてグシオンを加えた四人は縄で両手足を縛った盗賊共を届けるためにティンバラの町へ逆戻りして行ったのだった。
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