第六話 「武闘大会」
「へぇ、そうなんだ。リンは戦士になりたいんだ」
次の試合までの待ち時間の合間にライナが戻って来て、感心するように幼い少女に向かって応じた。
「そんなことよりも、ライナ!」
麻呂は声を上げて詰め寄った。
「どうして得意な剣じゃ無いでおじゃるか!?」
するとライナは笑いながら言った。
「思いっきり腕をぶん回したい気分だったのよ」
「そんな、それなら剣や槍でもできるでおじゃるよ」
「良いから、良いから、腕自慢の男達を拳二本で破るって凄いことじゃない?」
「それはそうかもしれないでおじゃるが」
「凄い!」
リンが声を上げた。
「ありがとう、リン。麻呂も心配してくれてありがとね」
ふとライナが思い出したように言った。
「そういえば麻呂。麻呂ってアンタのことずっと呼んでたけど、本当の名前何て言うの?」
麻呂は応じた。
「麻呂の名前は――」
その時だった。
「ライナ・グラビスさん! 次の試合ですので指定の場所へお戻りください!」
そう声が遮った。
「じゃあ、アタシ戻るわ。優勝して見せるからね」
ライナは明るい笑みを浮かべて去って行った。
それからの試合も圧巻で、ライナの拳は次々敵を降していった。
観客も紅一点の彼女を次第に贔屓して応援するようになった。
「決勝戦、ライナ・グラビス対グシオン・ノヴァー」
ライナが入場し手を振ると観客達は声を上げた。それは同じくグシオン・ノヴァーに対してもだった。
グシオン・ノヴァーは痩せた体格に似合わず長柄の大斧を手にしていた。少し離れた場所であり、兜も被っていたため、相手の容貌はよく見えなかった。
「始め!」
審判の声が響くと、ライナはもはや彼女のファイティングスタイルになりつつある猛然と相手に向かって突撃を決めていた。
だがグシオン・ノヴァーは大斧を振り回し、電光石火の猛進を止めた。
「これは不味いでおじゃるな」
ライナは今までで初めて自分のペースを乱されたのだ。麻呂は心配し試合を見守った。
グシオン・ノヴァーが跳躍した。鎧を着ているというのに物凄い跳躍力でその背で太陽を陰りさえさせた。
「うおおおっ!」
若々しい男の声が木霊し、勢いによって振り下ろされた戦斧は刃を潰されてもなお石畳を穿ちさえした。
隙ありとライナが迫ったが、戦斧が油断なく振るわれた。
それをライナは辛うじて拳にはめた鉄製のグラブで受け止める。甲高い音が木霊した。
グシオン・ノヴァーの猛攻が始まった。
彼は片手で長柄の斧を掴み嵐の如く振り回した。
ライナは付け入る隙がないようで、ジリジリ後退している。
と、グシオン・ノヴァーは斧を素早く両手で持ち必殺の一撃を振り下ろした。
「ライナ!」
麻呂とリンは同時に叫んだ。
だが、ライナはその必殺の一撃に生じた僅かな隙を掴み、グシオン・ノヴァーに殴りかかっていた。
一撃がグシオン・ノヴァーの頬を打つ。
だが、グシオン・ノヴァーは微動だにしなかった。
そして次に振るわれる拳を片手で打ち払い、ライナの側頭部を蹴り飛ばした。
ライナはよろめきながら背後の網にぶつかった。
麻呂は怒りを感じた。女の顔に蹴りを放つとは! しかしこれは大会である。男も女も無く、等しく戦士なのだ。だが、麻呂の思いと同じブーイングが観客から響いた。全部が全部そうでは無く、その中にもグシオン・ノヴァーを推す声も負けじと轟いている。どうやらグシオン・ノヴァーは美男子のようだ。応援する声に若い女の声が多いことから麻呂はそう悟った。
ライナは網に背を預けていたかと思うと、素早く飛び出した。
グラブと斧が再びぶつかり合い、それは幾重にも続いた。しかし、流れは相手にあると麻呂は悟った。一転したかに見えたが相手の一撃をむしろライナは受け止める側に回らされている。
ライナが距離を取り、脱出する。
グシオンの突きが後を追う。と、ライナはそれを左の拳で受け流し、グシオン・ノヴァー目掛けて即座に距離を詰めた。
「はああっ!」
彼女の咆哮が木霊し、拳の乱打がグシオン・ノヴァーの顔を襲う。
すると先程は動かなかったグシオン・ノヴァーの身体がよろめいた。
ライナが最後の一撃と思われる力を込めた一撃を放つとグシオン・ノヴァーは吹き飛び、背後の網にぶつかった。
歓声が轟いた。
ライナは肩で息をしていた。
審判が現れ、グシオン・ノヴァーに近付こうとしたとき、相手は起き上がった。
よろめく様も見せず斧を水平に薙いだ。
ライナはそれを跳躍して避けながらグシオン・ノヴァーの懐に再び飛び込んだ。
顎に拳を浴びせる。
グシオン・ノヴァーはよろめいて背中から石畳の上に倒れた。
若い女の観客がグシオン・ノヴァーに熱いエールを送っているが、グシオン・ノヴァーは立ち上がらなかった。
審判が再び現れグシオン・ノヴァーの様子を覗き込んだ時だった。
「俺はまだ、俺はまだやれる! うおおおおっ!」
魂の咆哮を上げてグシオン・ノヴァーが立ち上がった。
何というタフな相手だろうか。麻呂は感服するどころか恐れ入った。この男を相手にした時、自分は果たしてどうなっているか、想像がつかなかった。
「いいわね、その根性! それでこそ男、気に入ったわ!」
ライナが声を上げグシオン・ノヴァーに向かって行く。
グシオン・ノヴァーは大斧を片手で持ち振り回した。またもやライナが接敵するのを防いだのだ。しかし、これではお互い決め手が無い。麻呂は手に汗握りながら試合の行方に見入っていた。
するとライナの拳がグシオン・ノヴァーの戦斧に激突した。斧が頭上へ舞い上がる。
グシオン・ノヴァーが放れそうな斧を両手で握り直す間に距離は詰まり、ライナはその側頭部に蹴りを入れた。
グシオン・ノヴァーの兜が吹き飛び、茶色の髪が露わになる。
そして拳を放った。が、その時にはライナの脇にはグシオン・ノヴァーの薙ぎ払われた戦斧が追いついていた。
グシオンノヴァーは血を飛散させ倒れ、次いでライナはわき腹を斧の潰れた刃で打たれ、吹き飛んでいた。
両者倒れたまま起き上がらなかった。
負けても準優勝だ。無理をして立ち上がる必要もない。ライナはよくやった。麻呂はそう思った。
観客達も沈黙する中、リンが声を上げた。
「ライナー!」
するとライナの身体がピクリと動きゆっくりゆっくりと起き上がった。
だが、グシオン・ノヴァーも起き上がろうと両手を石畳につきもがいている。
「ライナ!」
「グシオン!」
観客達が叫ぶ中、両者は同時に起き上がった。
しかし、審判はライナの方へ行き、その右手を掴んで掲げた。
「勝者、ライナ・グラビス!」
観客は訳が分からない様子で互いに疑念を囁き合っていた。麻呂にもよく分からなかった。
その時、リンが言った。
「武器、手から放れてるのー」
そう言われ、麻呂もその周囲の観客もアッとした。
試合のルールには武器が手から放れることも負けとだと告げられていたことを思い出したのだ。
グシオン・ノヴァーの手の中に武器は無かった。
そして続々と歓声と拍手が湧き起り、ライナを祝福したのだった。
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