第五話 「砂漠を抜けて」

 ひとまずバルケルヘの旅は続いていた。

 砂漠も終わり、麻呂は生まれて初めて他の領内に足を踏み入れることになった。

 砂漠とは違い、緑が豊かだった。何かの鳴き声が聴こえるが、それは鳥だとライナが教えてくれた。

 そんな中、辿り着いたティンバラという町を、麻呂とライナは間にリンを挟んで三人で手を繋いで歩いていた。

「何かさ、こうして並ぶと親子みたいだよね」

 ライナが言った。お互いこの年でリンほどの年齢の子供を授かるわけもないが、麻呂は相手の夢見心地な発言を否定はしなかった。

「そう見えるかもしれないでおじゃるな」

 するとライナは微笑んだ。

「本当にそう思うの? 私みたいな馬鹿な女が、アンタの奥さんだって」

 ライナは確かに学力という面では弱そうだが、戦士としての感は一流だと麻呂は思っていた。

「ライナは馬鹿じゃないでおじゃるよ」

「ありがと。それでさ、麻呂は子供何人ぐらい欲しい?」

 突然の質問に麻呂はドキリとした。

「いきなりどうしたでおじゃるか?」

 ライナはこちらを見ていた。目は切れ長で端正な顔立ちをしている。その顔が微笑んだ瞬間、麻呂の心臓は高鳴った。

 麻呂は想像していることを慌てて掻き消そうとしていた。麻呂がライナとそういう行為をするところの妄想をだ。股間が熱い。麻呂はそれを隠すために多少前かがみになって相手の言葉を待った。

「だって、エルへ島が見つからなかったら、アタシとアンタでこの子育てていかなきゃならないでしょう? 一人っ子だなんて可哀想じゃない。うちに弟が一人いるけど、母上はまだ子供が欲しいって言って、父上が家に帰ってくる度、蛇の黒焼きを無理やり食べさせているわよ。精をつけろって」

 ライナの父は大変だなと麻呂は同情した。

「リンを入れたら三人、つまり二人ぐらいは確実に欲しいかもね。残りは家庭と経済と相談してだね」

 ライナはそう言うと途端に麻呂を不思議そうな目で見詰めた。

「どうしたの? 姿勢変だよ? 疲れた?」

 するとリンが言った。

「麻呂のここ膨らんでる」

「こ、こら、リ、リン!」

 麻呂は慌てた。冷や汗が流れてくる。

「え? 膨らんでるって何が?」

 ライナが続けて問う。

「な、何でもないでおじゃるよ!」

 その時、天の助けか、麻呂の目に横断幕が見えたのであった。

「町興し、武闘大会」

 麻呂が立ち止まって読むと、二人も足を止めた。

「ぶとうたいかいー?」

 リンが不思議そうな顔で言った。

「模擬戦でおじゃるな。互いの武芸をぶつけ合う大会のことでおじゃる」

 麻呂が言うとライナが目を輝かせて言った。

「おお、何々、暴れちゃって良いわけ?」

「たぶんそういう催しでおじゃるよ」

 股間の話題から変わったことに麻呂は安堵しつつそう言った。

 三人が進んで行くと、大勢の戦士達が並んでいた。その横に掲示板があり、優勝すれば賞金が出る旨が記されていた。

「やった、これで麻呂に借りた分を少しは返せるかもしれない!」

 ライナが言うと麻呂は驚いた。

「ライナ、出るつもりでおじゃるか?」

「当然。武者修行の旅してるんだから」

 そして思い出したように言った。

「あ、麻呂は出ちゃ駄目ね」

「何故でおじゃる?」

「リンが一人ぼっちになるでしょう?」

 するとリンが麻呂の着物の帯を掴んだ。

「一人ぼっち、嫌ー。怖いー」

 その双眸が本当に恐怖していた。エルへ島という南のどこからかこの北まで、人攫い達と一緒だったのだ。怖い目にもあっただろう。麻呂はその桃色の髪を撫でて頷きつつ、ライナに言った。

「でも、ライナ、お主が怪我でもしたらそれこそリンは悲しむでおじゃるよ」

「大丈夫、大丈夫、ライナちゃんは怪我なんかしないで優勝するって決まってるんだから。それじゃあ、受付してくるからね」

 そう言ってライナは人混みの中へと消えていった。



 二



 町の広場に特設されたステージは、四隅に杭が打ってあり、その間を網が張り巡らされていた。

 町長が一段高い台に上がり挨拶を告げる。それと試合のルールもだ。

 戦闘不能の他、武器が手から落ちたら失格、網を越えて場外に出ても失格。という内容だった。武器の刃は潰してあることを続いて告げ、司会進行に次を委ねた。

「えー、では一回戦、第一試合――」



 試合は白熱していた。大斧が地を穿ち、剣が風斬り音を上げる。試合は殆どが相手が降参するまで、刃の潰れた武器での殴り合いとなっていた。その壮絶さにリンは顔を目を覆い、麻呂の帯を力強く掴んできたのだった。

 ライナには悪いが、リンをここから離した方が良いかもしれない。麻呂がそう思った時だった。

「一回戦第十八試合、ライナ・グラビス!」

 歓声が上がりライナが網を潜って東側から姿を見せた。

 麻呂は驚いた。ライナは軽装で、しかも武器は剣ではなくグローブ、恐らく鉄製のグラブだったのだ。

 呆気に取られていると、相手側が姿を見せた。

「試合開始!」

 審判が告げる。

 するとライナは猛然と相手に向かって駆け出した。

 突き出された剣を掻い潜り、防具の無い相手の顎を思い切り拳で突き上げた。

 相手は呻き声を漏らして倒れて動かなくなった。

 審判が倒れた相手の様子を見て頷いて告げた。

「勝者、ライナ・グラビス!」

 歓声が上がった。

 ライナが試合場の上で拳を高く掲げた。

 麻呂はホッと胸を撫で下ろしたが、リンは顔を輝かせて拍手していた。

「ねぇ、麻呂ー」

 リンがこちらを見上げて言った。

「何でおじゃるか?」

「リン、戦士になるー」

 麻呂は半分驚きつつ言った。

「戦士になるということは、戦いで死んでしまうときだってあるでおじゃるよ?」

「良いのー。リン、ライナみたいになりたいのー」

 死の意味を理解しているのか麻呂には理解し難かったが、幼い少女の夢を壊さないように麻呂は告げた。

「だったら鍛錬を重ねるでおじゃる。鍛錬無くして強さは無いでおじゃるからな」

「リン、鍛錬するー」

 麻呂が言うとリンは頷いた。

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