第四話 「誘拐」
麻呂とライナの旅は続いた。
二人とも武者修行中ということで意気投合し、話題はそのうち勇者の火山のことになった。
勇者の火山はライナの故郷、港町バルケルの北にある。その頂上の火口には一振りの大きな太刀が突き立っているのだが、未だにそれを引き抜けた者はいないという噂だ。
「ふんふん、勇者の火山ねぇ」
ライナが苦笑いをして言った。
「まぁ、地元が潤うから名所が増えるのはありがたいんだけどね」
「どういうことでおじゃるか?」
麻呂はライナの苦笑に疑問を抱いて尋ねた。
「あそこね、本当はお墓なんだ」
「お墓でおじゃるか?」
「うんうん。昔、と言ってもそんな昔じゃないけど、私の母上の仲間が宿敵と戦ってそして勝利して散って行った場所なんだって」
麻呂はその話を聴いて驚いた。
「ライナの母上殿のお仲間のお墓でおじゃるか?」
「うん。私も観光客があんなになるまでは、父上や母上と一緒によくお墓参りに登ってたんだ。今じゃ、花を供えても、頭に血が上った人達に邪険にされちゃうから、供えなくなっちゃったけど」
麻呂はライナの言葉を聴きながら質問していった。
「剣。いや、太刀は? その太刀を突き立てたのは誰なのでおじゃるか?」
「うちの父上だよ」
「ライナの御父上殿でおじゃったか。太刀は引き抜けないということでおじゃるが、父上はそれほどの力を持っているということでおじゃるか?」
「自慢だけど、うちの父上は勿論力も強いよ。教会から神器、飛翼の爪っていう大きな剣を持たせて貰えるぐらいにね。だけど、父上だって人だもん、その刺した剣が抜けないことに自分自身で驚いてたよ」
「何と、突き刺した御本人でも無理だったでおじゃるか」
「そうなんだ。観光客というか、筋肉自慢の野蛮人達が剣に触れるのを母上が嫌がって、お墓を移動させようと思ったんだけど、その時試したんだよ。どうしても抜けなかった。アタシや母上でもね」
「うーむ、不思議な事もあるものでおじゃるな」
「でしょう?」
二人は行く先々で宿を取りながら砂漠を突破しつつあった。
ライナは大食らいだが、麻呂はもう慣れっこだった。彼女が気持ちよく食事を掻き込む姿はどこか愛らしく、いくらお金が掛かっても憎めなかった。
そして二人が砂漠の出入り口とも言われているある村の宿に入った時だった。
いつもどおり食卓につき、旅商人など繁盛している店内を見渡していると、通路を挟んだ隣の席に一人の小さな女の子の姿を見付けた。
桃色の髪をしている。同じ席には三人の中年ぐらいの男達がいて彼らが語らい酒を喰らう中、一人俯いて、食事に手もつけようとはしなかった。
「何だお前、また食わないつもりか!?」
男の一人が女の子の様子に気付き声を荒げた。
女の子は恐れる様に手で頭を覆った。
「放って置けよ。腹が減ればそのうち食う様になるだろう。空腹には勝てねぇさ」
もう一人の男が言い、男達は笑い合った。
あの四人はどういう関係なのだろうか。麻呂は疑問に思いつつ横目で観察した。親子や親戚という関係ではなさそうだし、曲芸師の一座というわけでもなさそうだ。
「麻呂、気付いてる?」
ライナが小声で話しかけて来た。
「あの女の子のことでおじゃるか?」
「うん。あいつら人攫いかもしれないわよ」
「人攫いでおじゃるか?」
「だって、見た目、組み合わせがチグハグだもん。それにあの女の子ご飯食べないし、怯えてるし、さっきの奴らの口調、同じ人間に、それも小さな女の子に対する言葉じゃないと思うの」
麻呂はライナの言葉に頷いた。
「どうにか真相をつきとめたいでおじゃるな」
「あの男どもが酔っ払ってくれれば良いんだけどね。そうすれば隙が出来て、女の子に問い質せるじゃない?」
「酔わせれば良いでおじゃるか。なるほど」
麻呂は給仕を呼んだ。
烏帽子に気付いたのか、狼狽しそうなその給仕をなだめて、大量の酒を注文した。
程なくして、かめいっぱいの酒を給仕が運んできて、卓に腰かける男達に向かって言った。
「こちらは当店からのサービスの品でございます。心置きなく御堪能下さい」
その言葉に男達は胡散臭げに互いに顔を見やった。
「まぁ、良いや。砂漠を越えるのに力を蓄えておけという神様からのお慈悲だろう」
「そうだな。しかし、神様が俺らみたいなあくと……じゃなかった、しがない旅商人に御恵みを下さるとは世の中分からんもんだねぇ」
酒盛りが始まった。
麻呂とライナはその様子を見守った。
そしてそのうち、三人の男は一人、また一人といびきをかきはじめた。
「今が好機でおじゃるな」
麻呂とライナは席を立って女の子の方に向かった。
「ねぇ、率直に聞くけど、こいつら人攫い? 無理やり連れて来られたの?」
ライナらしい直言に麻呂は驚いたが、女の子は恐々と頷いた。
これで人攫いだと確定した。
麻呂は給仕を呼び、詰所から衛兵を呼ぶ様に言った。
程なくして衛兵が到着すると、その烏帽子に気付き敬礼した。
異様な光景に周りの客達の談笑が止んだ。
「こ奴らは人攫いでおじゃる。速やかに連行し、事情聴取してほしいでおじゃるよ」
「はっ!」
衛兵達は泥酔する男三人を縛り上げ、連れて行った。
「もう大丈夫だよ」
ライナが言うと、女の子は涙を流して彼女にしがみ付いたのであった。
二
翌昼頃、詰所に赴くと報告があった。
どうやらイージアの都に奴隷商人がいるらしく、その奴隷商人は主に貴族に対して商品を売るのだという。
奴隷制など大昔に廃止された。何とも言えぬ腐敗の実態を聴き麻呂は心を痛めつつも兄にその事を伝える文を送った。
戻ると、ライナと女の子が宿の部屋で待っていた。
ことの顛末を告げるとライナはイージアの貴族には変態しかいないのかと悪態をついた。
麻呂は太守の弟として彼女の言葉に何も返せなかった。だが、今回送った文で聡明で質実剛健な兄達は素早く動くだろう。イージアの腐敗の根源は次々絶たれるはずだ。
「そういえば名前を訊いていなかったおじゃるな」
「リン」
女の子はそう言った。
「リンでおじゃるか。麻呂の名前は……」
その時だった。
「お貴族様、申し訳ありませんが、今宵の分のお代を頂戴したいのですが」
店主が恐縮しながら扉の向こうに現れた。
「おお、忘れていたでおじゃる」
麻呂が三人分の宿代を払うと店主は再び恐縮するように去って行った。
「でね、一つ問題があるのよ」
ライナが言った。
「問題? 何でおじゃるか?」
「この子、エルへ島から誘拐されて来たんだって」
「エルヘ島?」
麻呂は首を傾げた。初めて聴く地名だった。
「アタシも初めて聴いたよ、そんな名前。とりあえず、南の方だっていうのは分かったんだけど、これは途中訊き込みしながら旅するしかなさそうね。でも、まずは麻呂に借金返すためにバルケルに行くけどさ」
「麻呂も勇者の火山に登りたいでおじゃる。分かったでおじゃる、訊き込みをしながら旅をすることにするでおじゃるよ」
リンが不安げに二人を見ていたので、麻呂はその頭を優しく撫でてあげた。睫毛に囲まれた青色の瞳を見て、将来はきっと美しい女性になるだろうと麻呂は思った。だからこそ誘拐され奴隷商に売り飛ばされるところだったのだろう。
「道中の心配はいらないでおじゃる。麻呂とライナがついているでおじゃる。無事に家につけるよう頑張るでおじゃる」
そう言うと、リンが微笑み、同時に彼女の腹が鳴った。
「昼食にするでおじゃる」
「やったー!」
ライナが持ち前の明るい声と態度を見せたのを見て、リンもまた安心したような顔になったのだった。
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