第三話 「ライナ」

「ライナ、下がるでおじゃる! ここは麻呂が!」

 彼が言うと彼女は答えた。

「心配いらないわよ。麻呂は黙ってそこで見てて」

 ライナが悠然と身構える。

「ちっ、女がっ!」

 覆面男が斬りかかって来る。

 ライナは剣を一閃させた。敵の手から得物がすっぽ抜ける。それだけでは終わらない。彼女は剣の腹で敵を打ちのめしていた。

 賊は砂塵を巻き上げながら吹っ飛び、起き上がらなかった。

「はい、一人目、いっちょうあがり」

 ライナはそう言い、ゾッとするような冷ややかな笑みを浮かべた。

「剣を抜くとアタシ、そんなに優しくなれないからね。言っておくけど、海賊を斬り殺した経験だって幾つもあるわよ。バルケルの赤鬼とまで言われてるんだからね」

 ライナがズンズンと賊との距離を縮めながら言う。

 賊達が動揺したように後ずさりするが、頭目が声を上げた。

「ハッタリだ! 海賊を斬ったのも、バルケルの赤鬼も、全部ハッタリに決まってる!」

「あらら、よくわかったわね」

 ライナはそう言い、麻呂の方はいつでも助勢に出られるように刀の柄に手を掛けていた。

 嘘だと分かった瞬間、賊は次々襲い掛かって来た。

 ライナはそれらを大剣の腹で叩いて昏倒させ続けた。

 そうして残るは賊の頭目だけとなった。

「ライナ、そいつは少し手強いでおじゃる! 麻呂に任せるでおじゃる!」

「大丈夫よ。ライナちゃんの剣の腕前ならチンピラに毛が生えた程度の奴なんて」

「俺を侮辱するか!」

 頭目が躍り掛かって来た。

「死ね、死ね! 死にさらせ!」

 賊の頭目があのキルケーを持って幾度もライナに斬りつけてくるが、彼女は危なげなくそれらを受け止めた。

 賊の頭は膂力だけはあった。それに手にしているのは自称剣匠スリナガル作の名剣キルケーだ。右往左往させられるライナの姿に麻呂は見ていられなくなった。

「ライナ、麻呂と交代するでおじゃるよ! 死んでは元も子もないでおじゃる!」

 すると押されっぱなしだったライナが吹き出し、笑い声を上げた。

「残念! 余裕だと思ったでしょ? 全部冗談だったのよ、賊のお頭さん!」

「何だと!?」

 賊の頭目がそう言った瞬間、その手に強烈な一撃がぶつかり、キルケーが地に落ちる。

 そうして目を丸くして戸惑う頭目の横っ面にライナの両手剣の広い刃の腹が打ち込まれた。

 頭目は鈍い声を上げて、手下達同様に砂の上を滑って行って起き上がらなくなった。

「終わったわね」

 ライナが一息吐いてそう言った。

 麻呂は素直に彼女の実力を認めるしかなかった。彼女はよく鍛錬している。自分も兄達と武芸に励んでいたがそれ以上かもしれない。

「で、麻呂、この悪党どもどうするの?」

「とりあえず、縛り上げて先程の村まで届けるでおじゃる。そして近隣の警備隊が身柄を引き取りに来るまで預けるでおじゃるよ」

「了解」

 二人は賊が気絶したふりをしているかどうか、用心しながら縄で両手両足を縛った。ちなみに縄は、麻呂の兄がどこかで役立つだろうと持たせてくれた鍵縄を、勿体無いが切り分けて使用した。

「あー!」

 途端にライナが声を上げた。

「どうしたでおじゃるか!?」

 麻呂は驚きながら振り返った。

「これ見てよ、アタシの剣が!」

 ライナが泣き出しそうな顔で自分の両手剣を見せる。よく見ると、刀身にヒビが幾つも走っていた。

 賊の頭は膂力があった。それに打ち合ったのは名匠スリナガルの打った名剣だ。並みの剣では強度が違ったのだろう。

「アタシ、結構ヤバかったんだね」

 ライナはしみじみとそう言うと剣を捨て、砂に転がっていたキルケーを拾い上げる。

「これ、なかなか良さそう。盗賊の物を持って行っても泥棒にはならないわよね?」

「うーん、どうでおじゃろうなぁ」

 麻呂は憲法を思い出しつつ思案したが、引っかかる部分は無かった。

「麻呂が黙っていてくれたらアタシ、この剣使おうかと思うんだけど」

「分かったでおじゃる。麻呂は何も見てないでおじゃる。というわけで、ライナ、その剣はどうしたでおじゃるか?」

「最初からアタシの剣だよ」

「そうでおじゃったか。噂でおじゃるが、それはあの名匠スリナガルが打った物で、名をキルケーというらしいでおじゃる」

「スリナガル? 誰それ、有名人?」

 意外な返答に麻呂はすっ転びそうになった。

「お主、戦士なのに知らぬでおじゃるか?」

「うん」

 ライナは頷いて屈託なく微笑んだ。

「まぁ、有名な鍛冶職人でおじゃるよ。これを機に覚えておくと良いでおじゃる」

 そして二人は手分けして砂地の上を、のびた賊達を引き摺りながら村まで戻った。ちなみに麻呂が二人、ライナが三人引っ張って行った。



 二



「それでそろそろ陽が落ちるけどどうする? 砂漠だから涼しい夜のうちに移動しちゃう?」

 詰め所に賊達を預け終わると、道すがらライナが言った。

 麻呂は思案し、答えを出した。

「今日はここで宿に泊まるでおじゃるよ」

 するとライナが困った様に言い出した。

「でも、アタシ、お金無いし……」

「麻呂が出すでおじゃるよ」

「え? 本当!?」

「本当でおじゃる。さぁ、お腹もすいてきたし宿に向かうでおじゃる」

 麻呂が背を向けた時だった。

「ありがとう、麻呂!」

 ライナがその背に飛び付いてきた。

 宿に着くと、宿の主はライナのことを訝し気に見て来たが、麻呂が二人分の宿泊費を出すと表情を和らげて歓迎してくれた。

 湯浴みして麻呂は化粧を落としてきた。そこで同じく湯浴みを終えたライナと出会った。

「おおライナ、食事に行こうでおじゃる」

「アンタ誰?」

 ライナは疑念を持つように目を向けてそう尋ねて来た。

「麻呂でおじゃる」

「え? 麻呂って、真っ白の顔して、丸い眉毛で、口紅つけてて、おまけに口の中は真っ黒だと思ったんだけどそうじゃなかったんだ!」

「全部、化粧でおじゃるよ」

「え? 男なのに化粧するんだ」

「麻呂の家系では代々そうしてきたでおじゃるよ」

「ふーん、でも何の特徴も無い顔になっちゃったね。眉毛も剃ってるし」

「ま、まぁ、そうでおじゃるな……」

 二人は食堂に下りて行った。

 賑わいの中を進んで行き、用意された席に座る。

 料理が運ばれてきた。パンと肉と野菜のスープだった。

「ねぇ、葡萄酒頼んでいい?」

 ライナがねだる様に言ってきた。

 麻呂は以前の彼女の酔っ払う姿を思い出し、答えた。

「程々にが条件でおじゃる」

「うん! 程々に! すみませーん!」

 ライナが元気に給仕を呼ぶ。旅に出た当初は一人旅になるかと思ったが、まさかこんな賑やかな食卓になるとは思わなかった。バルケルまでは楽しい旅になりそうだ。

 しかし、酒こそ程々なものの、食べ物の方はそうはいかなかった。底無しの胃袋を持っているのかと思うほどライナは食べに食べた。

 これは明日の追加清算の時が怖くなりそうだった。だが、ライナが満足げにそして楽し気に話しかけて、料理を頬張る姿を見ると不思議と心が和むのであった。

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