終章


 あくる日、パタパタと軽やかな足音を慣らしながら一人の少女が城の廊下を走っていきます。

「姫さま、そんなに慌てて走られたらドレスが乱れてしまいますよ。」

その姿を見送る人々はどこか楽しそうにそう言うと、お互いの顔を見合わせその幸せを噛み締めるように微笑みあいました。

「あーあ。全く、でんでんはかわんねえな。ま、でんでんは何にもなってないから当たり前か。にーしても、こんなにスムーズに動くってのはいいもんだなあ。」

真っ黒な短髪をくしゃりと掻くと、銀の鎧をくるくると手で回しながら、青年は笑いました。その後ろを長毛を靡かせながら走ってきた犬が、

「わん!わんわん!!」「ぅげえ!!ぎゃああああ、来るなあああ!!!」

楽しそうに飛びかかりました。

「あー、ごめん。ごめん、こらこら、ダメだよ。チェア。」

「男爵!!絶対、これ、わざとだろうあああああ!!」

「まさか、そんなわけないだろう。ほら、ダメだよ。」

口ではそう言いながら、犬を全く止めることなく長いコートを靡かせた青年はニコニコと楽しそうに眼鏡のブリッジを押しました。

 廊下をパタパタと走る少女を二人の少年が呼び止めました。

「ベル!そんなに急いでどこに行くの?」「電波姫さま、何か急用?」

少女は、顔だけを横に向けるとそれでも急ぐようにパタパタと足を動かしたまま、城の裏を指差します。

「野獣さんに呼ばれているの。あぁ、ごめんね、ボロ、ティー。また後で!」

それだけを早口で言うと、少女はまたドレスを翻しながら走り出しました。その足取りは軽やかでボロとティーは小さな手を振って見送りました。

「あぁ、もう、うっかりしちゃったわ。だって、しょうがないのよ。料理長さんが、今日の夜ご飯についてあんなにしつこく聞くから。あぁ、でも、昨日のご飯を残しちゃったから仕方ないのだけれど。」

少女は走りながら、そう呟いてもう行き慣れた城の裏庭に通じる扉を開けました。

「おお、危な、おい、お穣ちゃん。前にも言ったけど、ここの扉を開けるときはもっとゆっくり開けろ。そうじゃないと、今みたいに俺と扉が正面衝突するだろうが。」

急いでいたため、大きく弾くように開けた扉の前に立っていた人影が驚いたように後ろにずれました。泥のついた繋ぎを着た背の大きな青年を見上げると、少女は申し訳なさそうに目尻を下げると今度は扉をゆっくりと閉めました。

「ごめんなさい、私急いでいたものだから。ガーゴイル弟さんに気づかなくて。」

「本当だよ。あのね。「もう、いいから、早く行け。あいつと待ち合わせているんだろ。」ちょっと、ちょっと、兄貴ってば、また、お穣ちゃんのこと甘やかして。」

お嬢ちゃんに甘いんだから。なんて言いながら、弟の後ろから出て来たすっかり同じ顔をした青年が唇を尖らせながら、少女が通れるように左右に避け、道を作りました。

 その道を通りながら、少女は咲き誇る薔薇たちの奥にある東屋に向けて走りました。東屋には、もうすでに野獣がこちらに向かって手を振っていました。

「ごめんなさい、野獣さん!遅くなってしまって。」

「いいよ。大丈夫、それより電波ちゃんこそ、ずいぶんと息が切れているけれど、大丈夫かな?ふふ、ずいぶんと可愛い顔をしちゃって。そんなに、俺に会いたかったの?」

思い出の東屋に佇む野獣は、やはり耳も尻尾もなくて少女はどうしていいかと、胸を高鳴らせながら俯きました。野獣は、そんな少女を愛おしそうに見つめていましたが、やがて口角をくいと上げて笑うと自分よりも低い位置にある少女の頭をポンと撫でました。

「そうやって、すぐに、からかって・・・」

少女の桃色の唇を長い指でぷにと押すと、野獣は嬉しそうにその小さな身体を抱きしめました。

「からかってないよ。だって、電波ちゃんのおかげで元の姿に戻れたんだから。これは、感謝の印だよ。電波ちゃん。」

ぎゅうっと抱きしめた小さな身体は、野獣であった頃と変わらない愛おしさでした。その愛おしさを確かめるように、野獣はそっとその桃色の唇に唇を寄せました。

 こうして、二人はいつまでも幸せに暮したのでした。


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少女と野獣 霜月 風雅 @chalice

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