改蒸人間 ~歯車~
「今日も同じのでいいのかい?」
アイスクリーム屋台店主の問いに少女はコクリと頷く。店主が屋台に据え付けられたハンドルを重く回すと歯車がガチャガチャと動き煙突から蒸気が上がる。四角いビスケット菓子でできたカップの上に雪のように真っ白なアイスクリームが盛られてゆく。店主が木製のスプーンを突き刺し彼女に渡すと華奢な白い指に挟んだお金を差し出す。
「ありがとうオジさま」
クスリとはにかんだ笑みを溢してお礼を言い一匙すくい口に運びながら噴水広場へと歩いて行く。
アイスクリーム屋台の店主はここ最近顔馴染みになった綺麗なお嬢さんの白と黒のフリル目立つ後ろ姿を頬杖をついて見送り、溜め息を吐いた。
「相変わらず不味そうに食うなぁ……」
~~~~~~~
アイスクリームを片手に興味深げに周囲を見回す見目麗しき少女に名前は無い。名を持つ役割を与えられていない「
「組織」の歯車たる機械人形には。
346号は清らかな少女の顔で世間に溶け込む。陶器のような白い肌の下に蒸気動力で動く機械の身体を隠しながら。
「……」
口に運んだアイスクリームに味はない。冷たいと認識するだけだ。作り物の舌に味覚という無駄な機能を再現する必要は無い。アイスクリームは可憐な少女を演じる小道具だ。
噴水近くに腰掛けると長い睫毛に縁取られた大きな青い瞳を自然に動かし行き交う人間を観察する。命じられた役割のひとつをこなす為に。
「きゃんっ」
観察を続けていると少し離れた場所で幼い少女がひとり地面に蹴躓いて転ぶのが見えた。歳の頃は四つくらいだろうか? 裕福な家の子どもなのだろう波掛かった金色のロングヘアと上等な生地の洋服のせいか歳よりも大人びて見える。
「ひぐぅっ……っああぁんっ」
だが、中身は年相応な幼児のようだ。一目も憚らず大声で泣き始めた。周りの大人は一瞥はするものの立ち止まりはしない。
ただひとりを除いては。
「だ、大丈夫ですの?」
女の子に近づいたひとりの少女は優しく彼女を助け起こし服の汚れを叩いてあげた。
「いたいっいたあいぃ~っ」
女の子はどこか擦りむいてしまったようだ。ワンワンと大泣きをして目の前のお姉さんを困らせてしまう。お姉さんはしばらく女の子を見つめて
「泣かないでほら、アイスクリームをあげますから」
優しく微笑みアイスクリームをひと匙、女の子の口元に運んでくれる。ひっくひっくとしゃくりあげながらそれを見つめ、やがて小さな口でアイスクリームにパクついた。
「つめたくておいしいっ」
目の前で花のような笑顔が咲く。キラキラとした瞳で宝物を見つめるようにアイスクリームと見知らぬお姉さんの顔を交互に見る。
「……もっと欲しいの?」
お姉さんがアイスクリームを揺らすとコクコクと何度も頷く。お姉さんはクスクスと笑いもう一匙アイスクリームを掬い、女の子の口元に運ぶ。女の子は表情をコロコロと変えて嬉しそうにアイスクリームを食べる。お姉さんはまた一口、また一口と女の子の口にアイスクリームを運ぶ。
「フフ……」
微笑みを絶やさずに「346号」は女の子を観察する。コロコロと変わる表情は魅力的ではあるが、今の「組織」に必要な「素材」ではないと判断。もっと育てば良い「
「美味しかったですか?」
「うんっ、ありがとうおねえしゃんっ」
泣きべそも上機嫌になった女の子は大きな声でお礼を言って眼をキラキラとさせて、目の前の綺麗なお姉さんを見つめる。その眼差しは憧れだ。優しく口を拭ってくれた白い指はちょっとだけ冷たい。
「あぁっ、探したよメアリーッ」
しばらくすると、父親らしき男性が慌てて走り寄ってきて女の子を抱き抱えた。
「あっ、やああぁんっ」
遠ざかるお姉さんに女の子は悲しげな声を漏らして両手をバタバタと揺らす。男性は女の子をなだめながら
「ご迷惑をおかけして」
申し訳なさそうにペコペコと何度も頭を下げる。346号は「いえいえ、お気になさらず」と首を傾けて微笑むとバタバタと暴れる女の子の小さな唇にそっと指を当てて柔らかく口端を上げる。
「またね」
「うんっ」
女の子は頬を上気させて頷いた。口を押さえてクスクスと笑うお姉さんは今日、小さな女の子の目指すべき憧れとなった。
「おねえしゃんとおなじおようふくがほしいっ」と駄々を捏ねて父親を困らせる。そんな微笑ましい親子の背に手をヒラヒラと振って見送り、346号は艶やかな黒髪を弄り、眼を細めた。
346号はあの父親を知っている。一月前に《殺した》男と同じ顔だからだ。
彼は名前のある役割を演じる「
なにも知らないのはただの人間である幼子だけだ。346号はあの子を「素材」とする事を改めてやめることにした。
あの子は父親として振る舞う「改蒸人間」のレールの上を進み普通の人間としていつかは立派な「組織」の歯車へと成長するからだ。
346号は無表情に楽しげな女の子を見つめ、ふやけたビスケット菓子を手のひらで潰し口の中にほうり込み咀嚼しながら噴水広場を跡にした。
組織の歯車として次の仕事が与えられたからだ。
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